29 自然を感じて、全身全霊を尽くして
「困ったわ、完全に疑われてる」
どうしてかしらね、と心底楽しそうな笑みを浮かべて手を動かす蓮華。小声ならば声が聞こえる範囲内には誰もいないが、先ほどの四人を含めて多くの下女から監視されていた。
『虫を投げたからではないのか? 人間は虫を好まない者が多く、実際あの女達もそのように見えた』
「でしょうね」
それもたしかにそうだが、実際のところこれほど注目を浴びているのは『何の知らせもなく入ってきた新人』だからなのではないかと思っている。やはり下女とはいえ、何かの伝手を使うでもなく無断で侵入するのは危険だっただろうか。
春麗宮の方は今日一日寝室で休むから、と言って抜け出しているので問題ないだろうが、もし蓮華の姿を傍で見たことがある者に遭遇してしまったら言い逃れできないかもしれない。
「ひとまず、もう一時間くらいは調査なしで真面目に働こうかしら。動くにしても多少は信頼が得られていないと何があるか分からないものね」
仮に侵入者だと気付かれたとして、下女が淑妃に直接話しかけられるはずもないので、伝達が行くまでに少しは時間がかかるはずだ。その間に逃げられないこともないが、万が一もあるかもしれない。だけど何より……
『……蓮華、この作業を楽しんでないか?』
「バ、バレた……?」
『いつもよりテンションが高いからな』
大正解だ。蓮華は虫が好きというわけでもないが何の抵抗もなく触れるし、今はお淑やかな妃を演じる必要もない。そして怪しまれてはいるものの、立場を気にすることなく外で活動するのは久しぶりだ。少し日差しが強いが、気持ちのいい太陽の光を浴びて、たまに吹く風に癒されて、建物の外ならではの騒めきに耳を傾けることができる。
瑞領は国防を担う土地だ。ゆえに直系の蓮華は田舎育ちとも言える。生まれてからつい最近まで自然に囲まれて生きてきたのに、今更それを奪われて耐えられるはずもない。これからは定期的に後宮内の散策をしようと心に決め、小さな雑草を花壇から取り除いていく。
「……わたくし、選定では貴妃に選ばれて『妃の座を辞退させてもらう』ことを願う、と言っていたでしょう。今でもその気持ちに変わりはないわ。けれど黒曜様が呪いに侵されていると知ってしまったから、解決しないままでここを離れるのは嫌だと思ってしまったの」
『ほう』
「皇后選定は残り二週間くらいだから、ちょうど折り返しまで来たわ。残された時間でわたくしに何ができるのかしら……」
願わくば、ここを離れる前に黒曜の心からの笑顔を見たい。彼が変わってしまった理由を蓮華は知らない。だが呪いの件もどこかで関わってはいるはず。
蓮華は自身の持つ能力について、極一部の人以外には秘密にしている。蓮華の《《それ》》は使い方次第で世界を動かすこともできるからだ。しかし他の四夫人と違って目立った才を持たない蓮華は、黒曜の役に立てるとすれば能力関連のことくらいだろう。だからもし、必要とされる時が来たのなら。その時はこの身の危険など顧みず、全身全霊を尽くして応えてみせよう。
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