第7話 入学初日、夢の班
王立魔法学校の西棟。
迷路のように入り組んだ回廊を、銀の鎧がこつこつと歩いていた。
「……えっと、教室……A−3、A−3……」
掲示板の地図は複雑で、矢印がぐるぐると入り組んでいる。
リアは鎧の中で首を傾げ――いや、傾けた“つもり”になった。
見えない首の代わりに、心の中で笑う。
(黒牙隊の野営地よりは……迷わないはず……)
そう呟きながら曲がり角を進むと、廊下の端に一枚の扉が見えた。
金色のプレートに〈A−3〉の文字。
リアはそっと扉を開けた。
中には、陽の光がやわらかく差し込む広い教室。
円卓がいくつか並び、生徒たちが談笑している。
その中で、ひときわ目を引く金髪の少女がいた。
机にスケッチブックを広げ、なにかの花を描いている。
ペン先が走るたび、光の粒がふわりと花の形を取った。
その光景に見とれていると、彼女が顔を上げた。
水色の瞳がリアの鎧を映し――ふわりと微笑んだ。
「こんにちは。新入生さん?」
「……はい。リア・ヴァルクスです」
「わたしは、リスティア・ベル・アーデルです。同じ学年同士仲良くしてもらえたら嬉しいです」
その声には、柔らかな草の香りが混じっていた。
そこへ、教壇の前に立った教員が手を叩く。
「はい、オリエンテーションを始めます! 同じ机の方々が今日から班仲間ですよ〜」
リアの座った円卓には、リスティアのほかに、
小柄な老婦人と、腰の曲がった老紳士が並んでいた。
「わしはハリー・ドルドン。隣は妻のマリーじゃ」
「よろしくねぇ。夫婦で入学しちゃったのよ、ふふふ」
ハリーとマリーの笑顔は、春の日溜まりのようにあたたかかった。
リアは思わず胸の奥がやわらかくなる。
教師が言った。
「ではまず、自己紹介と――“あなたの夢”を発表してください」
教室のざわめきが一段落する。
リアの班では、ハリーが先に口を開いた。
「わしの夢はのう、若い頃に完成できなかった“自動湧泉魔法陣”を作ることじゃ。年齢? もう忘れたが、まだ挑戦したいんじゃよ」
「私はね、夫の魔法陣に“花”を咲かせたいの。ずっと、庭の中に泉があったら素敵だと思ってたの」
ふたりは顔を見合わせて笑う。
リスティアが頬を緩めた。
「素敵です……魔法で愛を育ててるみたい」
老夫婦の視線が次にリスティアへ向く。
少女は胸に手を当て、小さく息を吸った。
「わたしの夢は――“この世界の全ての魔法植物を、自分の目で見て、描くこと”です」
「描く?」とマリーが首を傾げる。
「はい。書物で読んだ知識じゃなくて、“生きている”植物を描きたいんです」
彼女の瞳が、まっすぐに光を映す。
「本に載らない草花たちも、誰かが見つけてあげなきゃ。だから、わたしが描くんです」
ハリーが感心したようにうなずいた。
「おぬし、面白い娘じゃな。根のある夢じゃ」
静かな拍手が起きた。
次は――リアの番。
鎧の中で、心臓の鼓動が少し速くなる。
けれど、迷わずに言葉が出た。
「……私の夢は、自分の首を探すことです」
一瞬、静まり返る教室。
けれど、誰も笑わなかった。
リスティアの瞳が、そっと彼女に向く。
「……首、ですか?」
「はい。失くしてしまって。だから、見つけるまでは、私の旅は終わらないんです」
ハリーが目を丸くし、マリーがそっと手を握った。
そしてリスティアが、花が開くように微笑んだ。
「――すごく、素敵な夢だと思います」
リアの胸に、あたたかい風が通り抜けた。
黒牙隊の仲間たちがくれた、あの日の夜のような優しい風。
それは、魔法学校での最初の“居場所”の始まりだった。




