第6話 下位貴族の娘リスティアの独白
入学式当日、王立魔法学校の大講堂は、朝露を吸いこんだ草原の匂いがしていた。
天井の高い窓からは光が差し込み、白い花弁のような魔力が舞っている。
貴族子女たちの笑い声、宝石のような髪飾り。
リスティア=ベル・アーデルは、胸の前で両手を組んで小さく息を吐いた。
「……大丈夫。深呼吸、深呼吸」
隣では上位貴族の令嬢が、金糸のマントを翻して談笑している。
下位貴族の娘として列に並ぶリスティアは、
どうしても肩のあたりが重く感じた。
でも――今日はずっと憧れていた日。
どんな立場でも、魔法を学べるという場所なのだから。
講堂の扉が音を立てて開く。
ひんやりとした風が流れこみ、その中に――ひときわ異質な気配があった。
銀。
淡い光の粒をまとった、鋼のきらめき。
鎧を着た人物がゆっくりと入ってきた。
ざわめきが走る。
「騎士?」「なんで鎧のまま?」「誰の付き人?」
さまざまな声が飛ぶ中で、リスティアは息を呑んだ。
顔が見えない。
兜に覆われたその人は、まるで無音のまま歩いていた。
でも――その姿は不思議と恐ろしくなかった。
「(なんでだろ……顔も見えないのに、優しそう)」
見えないはずの“表情”が、確かに感じ取れる。
春先の風みたいに、やわらかくて、あたたかい。
鎧の人物は壇上で推薦状を差し出す。
その背筋の真っすぐさに、リスティアの胸が少し熱くなった。
気づけば、周囲の貴族子女たちの噂話が遠ざかっていく。
彼女の目に映るのは、ただあの銀色だけ。
式の途中、司会の声が響く。
「今年は特別推薦枠より、黒牙騎士団推薦——リア・ヴァルクス」
名前が呼ばれた瞬間、リスティアは小さく息を漏らした。
「リア……ヴァルクス……」
その響きが、なぜだか胸の奥に残った。
式が終わり、ざわめく会場の中で、
リスティアは誰もいない方向を見つめていた。
銀の鎧。
冷たく光るはずの金属の中に、“生きている何か”があった。
「(いつか……話してみたいな)」
彼女はそう思いながら、制服の胸元をぎゅっと押さえた。
知らなかった。
その小さな願いが、のちに“運命”を結ぶ第一歩になることを。
そして翌朝、掲示板に貼られた一枚の紙切れを見て、
リスティアは思わず足を止める。
──“新入生の中に、首のない少女がいるらしい。”
「……首の、ない……?」
呟いた声は、朝の風に溶けていった。
ふと、あの銀色の背を思い出す。
胸の奥で、なにかが静かにざわめいた。




