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魔法学校のデュラハン  作者:


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第2話 地獄のキャンプ飯

 

 黒牙隊に入って、三日目の夕暮れ。

 空は鈍い紫色に染まり、野営地の焚き火が赤く光っていた。

 風の匂いは、焦げた油と、鉄のような煙の匂い。


「おーい! 今日のメシ、できたぞー!」


 誰かの声に釣られて、みんなが集まる。

 鍋を囲んで見えたのは、黒く焦げた何か。

 焦げ、いや、炭に近い。


「……えっと、これは……?」

魔猪まじょのローストだ!」

 胸を張って言うのは、調理担当のバロスさん。

 筋骨隆々の体に、豪快な笑顔。

 けれど鍋の中身は、笑えない。


 肉は真っ黒、表面はカチカチ。

 香りは……焦げた靴底。


「いただきます……」

 おそるおそる口に入れた瞬間、

 歯が、負けた。


「か、かたい……」

「うぐ……」「歯が折れたぞ……」

「またかよ……」


 あちこちで呻き声が上がる。

 バロスさんが困ったように頭をかいた。


「おかしいな……いつも通り、塩ぶっかけて焼いたんだが」

「バロス、それ“いつも通り”じゃねえんだよ……」

「うるせぇ! 肉は焼けば食えるんだ!」


 焚き火の火花がはぜた。

 ガルドさんが苦笑して、焼け焦げた塊を指でつつく。


「……リア、どうする? 食えそうか?」

「……うーん……少しだけ、工夫してもいいですか?」


 わたしは立ち上がって、焚き火のそばへ歩く。

 風の流れを読むように魔力を広げる。

 煙の向き、火の温度、肉の焼ける音――。


(……たぶん、熱が強すぎるんだ。)


 わたしの中に、また現世の記憶がふっと蘇る。

 炎の上でトングを握る手。

「焼く前に水気を取って、休ませるんだよ」という声。

 ……たしか、あれはキャンプのときの父の声だった。


「まず、水気を……取ります。

 焼く前に、少し置いて……」


「お、おう……」

 バロスさんが戸惑いながら肉を受け取る。


「次に、強火じゃなくて……弱めの火で、ゆっくり焼きます」

「弱火……? そんなもんで焼けんのか?」

「焼けます。焦げないです」


 バロスさんは半信半疑で火を弱め、

 わたしの言葉通り、肉を静かに転がす。

 時間がゆっくり流れた。

 じゅう、と小さな音。

 焦げではなく、甘い香りが立ちのぼる。


 風が、肉の匂いを運んでいった。

 焚き火を囲む騎士たちの顔が一斉に上がる。


「……おい、なんか……いい匂いしねぇか?」

「焦げてねぇ……だと……?」

「待てバロス、それ本当にお前が焼いてんのか!?」

「ちげぇ! リアの指示通りだ!」


 やがて焼き上がった魔猪の肉を、

 バロスさんが恐る恐るナイフで切る。

 中から、肉汁がとろりと溢れた。


「……これ、赤い……?」

「いや、柔らかい……」


 誰かが小さく唾を飲み込んだ。


「いただきます」


 ガルドさんが一口食べて、目を見開いた。

 次の瞬間、

「……うまい……うまいぞぉぉぉ!!!」

 と叫んだ。


「焦げてない! 味が……味がする……!」

「リア、お前……天才か?」

「え? ふつうの、ごはん……ですけど……?」


 その言葉に、黒牙隊全員が一斉に頭を抱えた。


「リア……お前、天から遣わされた“食の神”だ……」

「いや妖精だろ、どう見ても」

「首ないのに料理の腕はあるとか、バランスどうなってんだ」


 わたしは鎧の中で首を傾げた――いや、首はないけれど。

 でも、みんなが笑っているのを感じて、胸が温かくなった。


 わたしは、生きてる。

 ちゃんと、生きてるんだ。


 その夜の焚き火は、いつもより長く燃えた。

 魔猪の香ばしい匂いが夜空に溶け、

 笑い声が星の間を渡っていった。


 首をなくした少女の手が、

 初めて“ぬくもりの味”を作り出した夜だった。



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