第1話 野営地の夜
夜の森は、ひどく静かだった。
風が梢を渡る音と、遠くで焚き火がはぜる音だけが聞こえる。
初めての野営。
初めての夜。
そして、わたしの“首がないまま”迎える、最初の眠り。
「……寝れねぇ……」
「背中が……石が刺さる……」
「腰が、死ぬ……!」
焚き火の向こうで、黒牙隊のおじさんたちが呻いている。
見ると、地面に毛布を広げただけで寝ようとしていて、みんな痛そうに身体をよじっていた。
老騎士のギュスターヴさんなんて、もう寝返りを打つたびに「おおうっ」と悲鳴を上げている。
あの……見ているだけで、痛そうです。
「なぁリア、どうした。火が怖ぇのか?」
ガルドさんが、隣で魔猪の肉を焼きながら言った。
焔が蒼く揺れて、彼の横顔を照らす。
その顔はいつも通り無骨で優しく、けれど目だけは鋭い。
「いえ……その、みなさん、眠れなさそうで……」
「まぁな。歳取ると地面の硬さが堪えるんだよ」
地面の硬さ、か……。
わたしの頭の中に、かすかな記憶が浮かんだ。
草を編んで、柔らかくして寝ていたキャンプ。
現世で、家族と出かけた野外活動の光景。
「……少し、やってみてもいいですか?」
わたしはしゃがみこみ、手探りで草を集め始めた。
首がないせいで、目の代わりに魔力を流して周囲を“感じ取る”。
風の流れ。草の揺れ。地面の起伏。
魔力の感覚で、世界がうっすらと形を持って浮かび上がる。
「……これと、これを……編んで……」
指を動かしていくうちに、指先が勝手に覚えていた。
絡ませて、編んで、層を作る。
香草を混ぜて虫除けにして、上に布をかける。
「……できました」
焚き火の光に、ふわふわの草ベッドができあがった。
ギュスターヴさんが恐る恐る腰を下ろし――
「お、おおおお……? 沈む……! なんだこの……柔らかさは!」
突然、叫び声を上げて飛び起きた。
あまりの驚きに他の隊員も集まってきて、
みんなで順番に草ベッドを触り、寝転び、うなって、感嘆して、
「リア嬢ちゃん! これ、腰が痛くねえ! 神だ! いや妖精か!?」
「ち、違います……ただ、草を編んだだけで……」
わたしが戸惑っていると、
ガルドさんが笑いながら、焔の向こうで腕を組んだ。
「なるほどな。お前は戦うより先に、“生きる”のが上手ぇ」
「……そう、でしょうか」
「そうだ。俺たちが見落としてたことを、ちゃんと見てる」
焔の音がパチパチと響く。
黒牙隊の笑い声と、夜風の匂い。
首がない身体でも、あたたかい。
この人たちとなら、わたしは“生きていける”気がした。
老騎士たちはやがて順番に草ベッドへ転がり込み、
「はぁ〜……天国……」などと呻きながら眠っていった。
ガルドさんが残った肉を火にかけながら、ぽつりと言う。
「……お前、首をなくしてもちゃんと笑えるんだな」
「……はい。首がなくても、生きてるので……」
「ははっ、いい答えだ」
その夜。
わたしは初めて、“騎士団の一員”として眠った。
柔らかな草の香りと、焔のぬくもりの中で。
首をなくした少女の、新しい夜が始まった。




