6 使徒たちの沸点
翌日の朝、宿屋の一階にある食堂で、クリエたちは朝食を取りながらこれからの事を話していた。
アニスは朝から軽い酒を飲み、ミヨンは肉を豪快に食べ、ウィルは器用にクリエの世話をしながら食べている。
「それで、これからどうするの?」
「ヒントを探す。レムル様の言葉が本当ならヒントに答えがあるって事だな」
「しかし、現状そのヒントが分かりませんよ?」
「そうかな? 良く考えれば分かるかもしれないよ。ヒントって言うのは、気付かせるためにあるんだからね」
クリエに言葉にミヨンの手が止まった。暫く顎に手を当てて考えると、何か閃いた様に口を開く。
「そうか。現状、唯一変わった点はスラム街だ。そして酒場。あそこかその周辺に何かあるのかもな」
「でもそれって、騎士団がもう調べてるんじゃない?」
「そうでもないようです。レムル様の使徒が行ったという事で、現場保存が徹底され、今の所誰も手を付けていないようですね」
「ついでに言うと、僕たちが来たからってのもあるね。調べるにしても、最低でも僕たちが居る前でしないと、証拠の隠蔽や捏造と疑われるから」
「なら、とりあえず決まりだな。騎士団に言って封鎖を解かせて、あの酒場を調べよう。ハズレならその時はまた考えりゃいい」
「うん、じゃあご飯を食べたらドレイクに言って解いてもらおうか。そういうの、彼は得意みたいだし」
「アイツには精々働いてもらおう」
方針が決まり、手早く食事を済ませ、クリエたちがそろそろ出発しよう思った時、宿屋の扉が勢いよく開く。
そこには息を切らしたドレイクの姿があった。
ドレイクはクリエたちを見つけると、慌てて駆け寄る。
そんなドレイクにクリエが水の入ったコップを差し出すと、それを一気に飲み干した。
クリエに礼を言うと、多少落ち着いて話し始める。
「ま、まだ宿屋にいて、助かりましたよ。大変なんです! すぐにスラム街に来てくれませんか!」
「どうかしたの?」
「ハルミトン公爵閣下が、スラム街の人間を捕まえて神狼の森へ送るって決めたんです。疑わしい者全て。それでニール様と公爵閣下の騎士団と一触即発なんです! あれ、ヤバイですよ」
「あいつはバカなのか? 必要なのは元凶であって、疑わしい者じゃないぞ?」
呆れた口調でミヨンが言う。
しかし状況的には放っておくわけにもいかず、クリエたちは慌ててスラム街へと向かった。
******
スラム街へ着くと、連れて行かれそうになっている人たちの前で、仁王立ちで立ちふさがっているニールの姿があった。
ただそこにはニールだけではなく、自警団や騎士団の姿もあり、どうやらニール側とベイル側で対立しているように見える。
クリエたちはその二つの間に入ると、ニールに声を掛けた。
「これはどういう事なのかな?」
「父上が、犯人はスラム街の人間に違いないから、疑わしい者を全て神狼の森へ送れと。証拠も無くです」
「それで、君が守ってるわけだ。でも、騎士団や自警団の姿もあるね?」
「彼らは……私に協力してくれると。父上の命令に逆らえば、無事では済まないと言うのに」
ニールの横には多くの騎士団員と自警団員の姿がある。それがニールへの信頼の証でもあった。
だが、ベイル側の騎士団の方が数が多く、勝ち目は無い。
クリエはベイル側の立派な鎧を来た、騎士団を指揮している偉そうな男性の方に振り向く。
「レムルは元凶が欲しいって言っていたけど、これはちょっと乱暴じゃないかな?」
「ハルミトン公爵閣下から、スラムの誰かが元凶なら問題ないと言われている。これはすでに我が国家の問題なのだ、世界神様と言えど、ご理解いただきたい」
「ご理解できないかな。無駄に犠牲者を増やす必要はないし、それにスラム街の中に元凶が居るとは限らないよ? 案外、君だったりしてね」
「なっ! 我らを愚弄するのは、いかに神と言っても許せんぞ。そもそもそちらはデセミア様の小間使いのような神ではないか!」
瞬間、空気が変わった。
近くにいたアニス、ミヨン、ウィルはクリエの隣に立つ。
静かで無言だが、その表情は騎士団たちを一点に見つめていた。
「な、なんだ使徒か。ふん、お前たちも災難だな。そんな神に使われるような下っ端の神の使徒など。どうせならデセミア様か、冒険者ギルドのレテリア様のような偉大な方ならよかったのに」
『…………』
「図星でだんまりか? どうせ大した力も授かっていないのだろう? こんな子供の姿をして、どのような神かも分からない、神の成り損ないに何ができ……」
次の瞬間、爆音のような音が響き、辺りに土煙が舞う。
土煙が晴れると、周囲の人々は衝撃のあまり声を失っていた……。
さっきまで喋っていた男性は、アニスに顔面を掴まれると、そのまま頭が地面にめり込んでいた。
しかし、それだけで終わってはいない。
ミヨンの片腕が大きな刃になり、目の前の騎士団員の鎧を真っ二つにすると、その刃を首筋に当てている。
ウィルの全身から出ている黒い手の魔法の腕が、複数の騎士団員を縛り上げ、その手は首を掴み、今にもへし折ろうとしていた。
一瞬の出来事に一歩も動けなかった騎士団は、慌てて剣を構えてアニスたちに向けるが、
『殺すぞ!!』
三人の声が魔力と共に放たれ、大きな雷が落ちた時のように周辺の大気を振動させた。
あまりの殺気と桁違いの魔力に、騎士団員はみな震えを抑えられず、鎧をガチガチと鳴らしなら怯えている。
「三人ともそこまで。僕は気にしてないから大丈夫だよ。ほら、皆が怖がってるからね」
優しく宥めるクリエの言葉を聞き、ウィルは魔法を解く。
首を絞めれていた者が苦悶の表情で咳き込み、その場に倒れ込んだ。
ミヨンは腕を元の人型に戻し、アニスは掴んでいる男性を騎士団の方に投げ捨てた。
「ば、化け物め……」
怯えている騎士団の誰かの呟きが、静かな周囲に広がる。
そんな事は気にせずと、クリエはアニスたちに申し訳なさそうに声を掛けた。
「ごめんね。僕のせいで皆が酷い事言われて」
アニスたち三人は口々にそんな事はないと、クリエに近寄ると否定する。
その時、小さな拍手と共に歩いてくる人物がいた。
「流石、世界神様の使徒ですな。これでは騎士団も太刀打ち出来ない。というわけで、ここは引いてくれませんかね?」
ドレイクが飄々とした感じでベイルの騎士団に告げた。
だが騎士団も命令である以上、簡単に引き下がれば、どんな罰を受けるか分からない。
その時、クリエが短い溜息を吐くと、騎士団たちの前に立つ。
それは普段と少し違い、威厳に満ちた雰囲気があった。
「今から言う事をベイルに伝えよ。ノルエステの調査権限により、本件が終わるまで、スラム街および住人への一切の手出しを禁止する。これを破った場合は、証拠への不正と見なし、その事がベイルの指示であったと、国内外の全てが知る事になると」
周囲が騒めき出す。
ノルエステの権限は強く、誰でも知っている事であり、こういった事を公言するのは非常に稀だった。
さらにクリエは続ける。
「なお、この件に関して、騎士団および全ての者への命令違反による罰則も禁止する……これなら、君たちも安心できるよね?」
最後は笑顔でクリエが締めた。
その宣言にニールと対立していた騎士団員たちも剣を収めると、最後にはクリエに頭を下げてスラム街から去っていく。
「クリエ様、ありがとうございます! あのままでは皆無理やり連れて行かれる所でした」
ニールがクリエに跪いてお礼を言う。
「ニール、君が時間稼ぎをしてくれたから、僕が間に合ったんだ。それに君の傍には罰を受けてでも、君を信じる人がいる。大切にしないと駄目だよ。勿論、君自身の事もね?」
クリエは笑顔で言うと、何度も礼を言っているニールに立つように促す。
騒動も一段落した時、ドレイクがクリエに近寄って来た。
「このドレイク、感動しました! まさかここまでして下さるとは、お礼の言葉もございません」
「じゃあ、お礼の言葉はいらないから、ちょっと頼み事をしてもいいかな?」
「出来る事でしたらなんでも」
そこでミヨンが言う。
「おっさんにしてもらい事がいくつかある。一つは酒場の監視を今晩解いてほしい。あとは……」
ミヨンがドレイクに耳打ちをした。
「なるほど、それくらいなら何とかなるでしょう。しかし、私はあくまで出向中の役人ですので、騎士団の監視を解くのはちょっと難しいかもしれませんな」
「なら、私から命令を出そう。それくらいなら私でも出来る」
ニールが胸を張って答えた。
やがて騒動が完全に静まると、ニールやクリエたちの周りには多くの人がお礼を言いに集まる。
そしてそんな様子を遠巻きに見ている二人の冒険者の姿を、クリエたちの瞳は捉えていた。




