3 領主令息ニール・ハルミトン
ニールに言われて付いて行くと、今は使われていない広場に出た。
スラム街から少しは離れた場所で、多くのベンチやテーブルあり、飲食物を売っていた店もあったが、今は誰もおらず、閉鎖されている空間だった。
ニールはそんな広場を寂しそうに見つめると口を開いた。
「二年前までは神狼様の使徒である狼やうさぎにリス、多くの動物たちと触れ合う場所でした。私たちは狩りをしますが、決してその命の重みを忘れてはいけない。重みを知った上で命を奪い、そして感謝しなければない。それを学ぶ場所です」
「今は使われていないようだけど、どうして?」
クリエが寂れてしまった広場を眺める。
「二年前、父上が閉鎖したんです。神狼様の使徒の子供が遊び来られていた時の事です。まだ大きな子犬くらいの大きさで、子供たちと触れ合ったり走り回って遊んでいました。その時に子供が転んで怪我をしてしまったんです」
「そういう事もあるだろうね」
「それを聞いた父は、それは使徒の子供のせいだと。もし子供が噛みつかれでもしたら大変な事になると、それで閉鎖を」
「使徒の子供はそんな事しないと思うけど?」
「はい、私もそう思います。ですが父は頑なで、民の安全のため一時的に閉鎖すると。それかずっとこのままです。私も良くここで使徒や動物たちと戯れました。特に馬よりも少し大きな狼が現れた時は驚きましたね」
「へぇ……あの子がここに来たんだ」
「?」
「ああ、気にしないで」
「あの狼は特別でした。最初はみんな怖がってましたが、座り込むと動かず、眠り始めました。徐々に慣れた皆が触れて行き、多くの民が撫でながら寄り添うに。私もその一人でした。大きく毛並みが綺麗で、何より温かった」
ニールは昔を思い出し、大きく溜息を吐いた。
「閉鎖されてまだ二年だと言うのに、今では遠い昔に思えます。閉鎖に伴い、神狼の森への立ち入りも安全の為だと言う事で禁止になりました」
「公爵はそんな強引に閉鎖して、レムル様と溝が出来るとは思わなかったのか?」
ミヨンが口を開いた。
「母が亡くなってから、父はちょっと横柄が過ぎる様になりました。スラムは放置、民への税は増やし……さらにこの強引な閉鎖。一体何を考えているのか。ただ、街の財源は潤いました」
「もしかして、あの値上げか?」
「ご存じでしたか」
ミヨンには心当たりがあったが、アニスたちは何の事か分からない表情を浮かべていた。
そんなアニスたちを見て、ミヨンは呆れた溜息を吐く。
「これだから金銭に疎い奴らは。ここは木材や狩猟によって得た加工品。肉や毛皮、そういった物を国内外に売り、収入を得ている。特に神狼の森の材木や動物は品質が高い。通常よりも高値で取引されているんだ」
「その通りです。通常の森の獲物よりも、神狼様の森の材木も動物も、とても品質が良いのです。だから、許可を得て、決まった量を頂いておりました。それが無くなったんです」
「ああ、私もそういえば、ここで作られた毛皮のコートを持っていたわね」
「私もマフラーや手袋、考えれば結構買っていますね」
思い出したようにアニスとウィルが言う。
「そのせいで在庫が減り、いわゆるプレミアム価格になったわけだ。今じゃ、神狼の森産の毛皮なんかは、二年前比べて二倍近い値段になっているぞ」
「言いたくはないですが、そのお陰で潤っているのも事実です。私個人としてはこんな売り方は好きではありませんが。それらの取引も全て街に居る、ある豪商が一手に引き受けています。父の知り合いらしいです」
「そうなると、値段を上げるためにわざわざ閉鎖したのか?」
「流石にそれはどうでしょう? 先細りですし、何より世界神であるレムル様と勝手に距離を置いたなんて、そっちの方が外交的ダメージが大きすぎます」
首を横に振りながらニールが言うと、ドレイクが口を挟んだ。
「ハルミトン公爵閣下ですが、元はここではなく、王都に住んでいたんですよ」
「王都に?」
クリエが訪ねる。
「10年ほど前にハルミトン公爵閣下のお父上が亡くなり引き継いだのですが、ここには来ず、妻であるジェナ様とニール様だけをこちらへ送りました。たまに来ていたようですが、細かい事は全てジェナ様が取り仕切っていたようです」
「そんな事、許されるのかな?」
「まぁ、許されたんでしょうな。実際、何の問題も無かったので。むしろ好評だったみたいですよ。ジェナ様は優しく、同時に罪を犯す者には厳しかったようですが。何よりハルミトン公爵閣下は田舎が嫌いだったようですな」
「世界神が居るのに?」
「居ても、自分がする事ではないという考えだったのでしょう。現にジェナ様が病気で亡くなり、流石にこの街に引っ越して来ましたが、良く王都へ遊びに行っているようですから」
「グレイクは、良くそんな事知っているね?」
「それはまぁ、私も元王都住まいですし、何より一年も居れば、その手の噂話は耳によく入って来るので。ですので、この三年でハルミトン公爵閣下が横柄になったと言うより、元々そういう方だった。というのが個人的感想です」
ドレイクが苦笑気味に答え終えると、ニールがクリエに向き直る。
「それにこのままだと、スラム街が壊される事になります」
「壊すってどうして?」
「元々父はスラム街の事を良く思っていません。その為、スラム街を全て壊して更地にし、歓楽街のような場所を作ろうとしているのです」
「住んでる人は?」
「……追い出すと。無理に逆らうなら最悪殺すかもしれません。しかし、今回ノルエステの調査が入った事で一旦止まる事になりました。ただ調査結果では、一気に取り壊しに進むでしょう。なんとかしたいのです」
「だけど僕たちの依頼には直接関係が無い事になるね」
「分かっています。無理は承知という事も……ですが」
「仮にだけど、もし僕たちに関係のある事なら、勿論協力はするよ。頼りない言葉で申し訳ないけど」
「いえ、そう言っていただけるだけで十分です。気になる事などはドレイクに聞いて下さい。彼はいろいろと知っていて頼りになります」
「いやぁ、ニール様にそう言っていただけると、私のこれからは安泰ですなぁ」
頭を掻きながら嬉しそうにドレイクが言う。
「ニール様! ここにおられましたか。た、大変です!!」
その時、走って来る一つの足音と大声が聞こえ、全員が振り向く。
鎧に剣を携えた男性の騎士団員が、息を切らせながら走ってきた。
「世界神クリエ様の御前である、礼をわきまえよ」
「た、大変失礼しました」
男性は息を整えると跪いた。
「それで何があった?」
「し、神狼様の使徒が、再び現れました! あの酒場の近くで座っています!」
「なっ! 私もすぐに行く! すみません、私は行かないと」
ニールがその場を去ろうとした時、
『アオォーーン!』
狼の遠吠えがスラム街の方から聞こえた。
「……なるほどね。ニール、ちょっと待って」
遠吠えを聞いたクリエが、ニールを引き留めた。
「なんでしょうか?」
「僕たちも行くよ。どうやら呼ばれているようだからね」
穏やか表情でクリエがそう言うと、不思議そうな顔をしているニールやドレイクを連れて、スラム街にある酒場へと向かった。




