9 世界神と思想神
カレンの説得で本当の音楽祭が始まったその日の夜。
都市内にある丘には、クリエとデセミア、そしてカレンとエレナが眼下に広がる都市を眺めていた。
少し離れた場所ではミヨンたちと合流したリゼもおり、クリエたちの話を聞きながらエルフウッドと様々な音色に彩られた街並みを見つめている。
「あんたたちには礼を言いたくて」
カレンがクリエとデセミアを見て、神妙に口を開く。
「礼? 結局僕たちは何もしてないよ。今回はカレンが頑張ってきた事の結果だよ」
「だな。俺たちはただ見てただけだしな。楽できたってわけだ」
「クリエやデセミアの言葉がないと、私は覚悟を決められなかった。正直、世界神の事は嫌いだった」
「知ってる」
カレンの言葉にクリエが笑顔で答える。
その答えにカレンは呆れたような顔をした。
「まぁ、露骨だったからね。その……ごめんなさい」
カレンが頭を下げると、隣にいたエレナも同じように頭を下げ、特に気にしていないとクリエたちは告げる。
「どうして世界神が嫌いだったの?」
「……優遇されていると思ったから。思想神は信仰の有無で消えるのに、世界神はそんな事はない。お気楽だなって」
カレンに言われ、デセミアは大きな声で愉快そうに笑った。
隣のクリエも小さく笑う。
「ネタバレになるけど思想神が優れている所もあるんだよ?」
「例えば?」
「君は思想神が消えるって、煙のように消える事を想像していないかな?」
「? そうじゃないの?」
「厳密には違ってね。神としての力や存在が消えるだけで、君自身が消滅するわけじゃないんだ。カレンの身体は人間族がベースだから、ただの人になる。それだけの事なんだよ」
「それ初耳なんだけど? それだったらもっとそういう話が出てもいいんじゃない?」
クリエは首を横に振る。
「神としての存在が消えるから、余程強い関係性が無い限り、世界中の存在からその記憶は全て消える。紙などに記録が形として残っていても『誰だっけ?』ってなるんだ」
「なるほど、だから誰も覚えてないし、分からないのね」
「そうだよ。実際は思想神から普通の存在になって、幸せに暮らしてる元思想神も居るんだ。そして、神として存在が消える原因は信仰心だけじゃない」
「他にまだあるの? 一個だけで十分じゃない」
カレンの不満にクリエは笑顔で答える。
「思想神は多くの願いから生まれるから、結果多くの者のために力を使う。今回のカレンのように。でも、もしたった一人……誰かを好きになってその人の為だけに存在したいと思った時も、神としての存在を失うんだ。だから、思想神は子供を作る事もできるんだよ」
「じゃあ、この世界は元思想神の子供も居るのね?」
「うん、居るよ。勿論特別な力も持たない普通の存在だけどね。それが、世界神に無い、思想神にのみある力でもあるんだ」
デセミアはカレンを見ると軽く笑う。
「だから、お互い様ってとこだな。俺にとっちゃあ思想神の方が羨ましく思えるぜ」
「それでも、あんたたちの方が強くて立派だと思えるけどね」
「……楽屋で心の暗黒時代の事を話したな? あれには裏話があるんだよ」
「裏話?」
デセミアがクリエに確認する様に見る。それに気付いたクリエは頷いた。
「当時のあれはこんな生易しいもんじゃなかった。世界のあちこちで戦争も起こった。当たり前だ、約束や契約なんて信じられなくなったんだからな。ヤられる前にヤれって事だ」
「歴史の授業で習いはしましたが、本当に酷かった様ですね……」
エレナが必ず習う世界の歴史を思い出す。特に暗黒時代は出来るだけ細かく習う事だった。
だが実体験が無い以上、それはただの想像に過ぎない。
「そこで俺たち世界神はある決定を下す事にした」
「それは?」
カレンの問いにデセミアは大きく息を吐く。
「その時に存在してる一定以上の知的生命体の排除だ」
「……は? それって殺すって事?」
「そうだ。全部じゃねぇけど、戦争をしている奴、それを利用している奴、疑心暗鬼がひどい奴。それらを含め、世界の生命が力を合わせないと生きていけないほど、その数を減らそうとしたんだよ」
「でもなんで? 世界神は地上の世にあまり関与しない方針じゃなかったの?」
「戦争で傷つくのは人だけじゃないからだ。魔法で大地を抉り、木々を燃やし、時に毒すら使う。世界を傷付ける存在は世界に不要だったのさ」
「だからって何もそこまでしなくても……」
「それが世界神なんだ」
困惑しているカレンにクリエが静かに告げた。
「世界神は最終的には世界を優先する。それは世界の生命ではなく、世界の存続そのものをね。それに地上の生命は時間が経てば増えるし、そんなに問題じゃないんだよ」
「問題じゃないって、それはあまりにも……」
「可哀想って思う?」
「ええ」
「それでもするのが世界神。その存在は揺るがないんだ」
「……」
カレンは改めて世界神の重みを知る。もっと単純な存在だと思っていた。
しかしそれはあまりにも、生きている存在に救いが無いようにも感じた。
何を言っていいのか分からない時、クリエがカレンを見て微笑む。
「だから、君たち思想神が居るんだ」
「え?」
「世界神は最終的に世界のために。そして思想神は、身近にある命にどこまでも寄り添うためにね」
「それって最悪、世界神と思想神の間で争いが起こらない?」
「起こっていいんじゃないかな? それぞれが大切なモノを守るために戦うんだ。誰の許しも必要がないよ」
あっさりと言うクリエにカレンは半ば呆れていたが、本当にその時がくればそうなのだろうと、カレンは今日自分がした事を通して理解していた。
最後は何をするかなんて自分で考えて行うものなのだと。
「でも、デセミア様はそうならないようにノルエステをお作りになられたのですよね?」
話を聞いていたエレナが尊敬の眼差してデセミアを見ると、デセミアはどこかバツ悪そうな表情になる。
「いやぁ、実は少し違ってな。ノルエステは別の奴が言い出した事なんだよ。そいつが『最後にもう一度信じてみないか?』って言ってな。で、案を出して言い終えたら、後は任せるってどっか行ってよ」
「何それ……そいつぶん殴るべきじゃない」
カレンの言葉にデセミアが苦笑した。
「まぁ、そいつにはいろいろ恩もあってなぁ。しぁねぇから俺がやったって事だ。本当なら暗黒時代が終わったら解体するハズだったんだが……結局は世界にとって必要な組織になっちまったな」
感慨深い表情のデセミアの横で、言った張本人のクリエは笑顔だった。
「カレン、君は本当に立派だったよ。ありがとう、人に寄り添ってくれて」
「別に私の為にやっただけよ。でも……こっちもありがとう。今日の事が無かったら私は本当のカレンには成れなかった。音楽祭はまだ続くし、精いっぱい楽しんで」
「そうするよ。じゃあ、僕たちはそろそろ行くね」
「私とエレナはもう少しここに居るわ。これからの話もあるから。またね」
クリエとデセミアはカレンとエレナに手を振ると、待っていたミヨンたちと合流してその場を離れた。
残されたカレンとエレナは丘から見える眩い景色を見下ろす。
「カレン様はこれからどうされるのですか?」
「どうって?」
「モフト様となるのか、カレン様のままでいるのかです。私はどちらでも構いません」
「その事だけど、これからはモフトとしても活動しようと思ってる」
「どういう事でしょうか?」
「あの時にも言ったけど、モフトも私である事は変わりがないわ。これからは死者とも向き合う。だからモフトとしてもカレンとしても誰かのために音楽を奏でるわ。音楽祭が終わったら、そうみんなに報告する」
「そうですか。カレン様はやはりご立派です」
「そうでもないわよ……」
カレンはそう言うと、おもむろにエレナの手を握る。その手は少し震えていた。
「ずっと怖かった。信仰が無くなって……誰からも必要とされなくなって消えるのが。それがあんなオチがあったなんてね」
「消えませんよ。前に言ったじゃないですか。私が居る限りカレン様は消えません。そして、絶対に忘れません」
カレンの震えている手をエレナが強く握り返すと、カレンの震えは収まる。
「これからはいろんな所から声が掛かると思う。その時はエレナ、貴女は……」
「勿論、どこへでも付いて行きます。伯爵の娘として、何よりにカレン様にお仕えする者として、当たり前です……そうですよね?」
「何言ってるの? 嫌だと言っても連れて行くに決まってるでしょ。エレナは私の……私の最高のパートナーなんだからね」
カレンはエレナに胸を張って言うと、髪で椅子を二つ作り座る様に促す。
「今だけは、エレナの為だけに何か演奏してあげるわ。何が良い?」
「それでしたら……ステージで披露したレクイエムを」
「あの曲で良いの?」
「はい、私はカレン様もモフト様の事も知りたいのです。これからももっと貴女様の事を教えて下さいね」
笑顔で言うエレナに、カレンは呆れながらも笑うと、ゆっくりとかつて何度も奏でたレクイエムを引き始める。
ずっと嫌だった曲が、なぜか今は誇らしげで……カレンの心はどこか温かく、そして穏やかだった。




