4 仲間のありがたみ
楽屋から戻ってきたアニスはクリエたちと合流すると、昼食を取るためにジョージから聞いていたお勧めの食堂へ来ていた。
昼時の食堂内は音楽祭の影響もあり、様々な種族を含めた多くの客で賑わっている。
年季の入った食堂で、高級感は無いが値段が手ごろで量も多く、店の主人が常連から気さくに声を掛けられている姿に、地元から親しまれている事が分かった。
空いている席に座り日替わり定食を頼むと、焼き魚と肉のスープ料理が出て来る。
焼けた魚の香ばしい匂いと、濃厚なスープの香りが食欲をそそり、クリエたちは舌鼓を打ちながら食べ始めた。
「うん、美味しいね。やっぱり素材が良いのかな」
「それもありますが、やはり料理人の腕でしょう。わざわざ伯爵が紹介したくなるわけです」
クリエとウィルは味を噛み締める様にゆっくりと食べ、その隣ではミヨンが美味しそうに黙々と料理を口に運んでいた。
しかし、アニスだけ何も言わず、少しつづ料理を食べては、何かを考えるように手がたまに止まる。
それだけではなく、お酒をねだらない事もあって様子がおかしい事にクリエたちはすぐに分かった。
「なぁ、あいつどうしたんだ?」
「さぁ……楽屋から戻って来てからずっとあんな感じですね。どうしたんでしょうか?」
ミヨンとウィルが小声で話す。クリエは気付いてはいるが、特に触れようとはしなかった。
気まずいとまではいかないが、いつもと違い調子が狂う。
やがてアニスから話さない限りは仕方がないとなり、二人が食事を進めた時、
「皆様、ご機嫌よう。良く隠れた名店と言われるここを選びましたわね」
声のした方を向くと、綺麗な装飾が施されている鞄を手にしたリゼの姿がある。
「やぁリゼ、良くここが分かったね?」
「今は我が商会の者が仕事で数多くいますからね。ここに居ると連絡を受けて参りました」
クリエたちはリゼに挨拶をすると、空いている椅子へ座るように促すが、首を横に振って断った。
「本当ならご一緒したいのですが、忙しくて。ちょっと商会が今大変ですので」
「何か問題があったの?」
「クリエ様たちは今、ここの問題に対処されているのですよね?」
「そうだよ。といっても、全く解決の糸口も見えないけどね」
「実は商会同士も今、同じような事が起こっているのです」
言いながらリゼは小さい溜息を吐いた。
そんなリゼにミヨンが食事を止めて聞く。
「同じような事って何が起こってるんだ?」
「我がエレクトラ商会は音楽祭自体のスポンサーではありますが、クリエ様以外に個人にはしておりません。ただ他の商会の中には、将来ある若い方に援助している商会もいるのですが……」
「もしかして、ファン同士のいざこざが、商会が裏で手を引いてると思われているのですか?」
ウィルの言葉にリゼが頷いて答えた。
「自分が援助している者を有名にするために、他の者を蹴落とそうとしているのだうろと。まぁ、全くないとも言えませんが、流石にちょっと話が飛躍していましてね。その仲裁などに追われる始末なのです」
「それなのにわざわざ会いに来てくれたんだね。ありがとう」
疲れた様子のリゼに、クリエは立ち上がると頭を撫でようとし、リゼは少し身を屈めて素直に撫でられる。
「本当ならクリエ様に付きっ切りでいろいろご案内したい所なのですが、すみません。ですが、折角なので、クリエ様成分の補給をしようかと……」
と、リゼは人目もはばからずクリエにキスをしようと唇を近づけるが、あと少しで触れるという所で止めるてアニスの方を見た。
「おかしいですわね。いつもならこの辺でゴリラの手が伸びて来るはずなんですが」
アニスはクリエとリゼのやり取りを見ているも、どうにも反応が薄い。
「貴女、変な物でも食べましたか? なんだか様子がおかしいようですが?」
「え? そ、そう? ほら、リゼも大変だし、たまにはいいかなぁって」
「……なるほど」
暫くリゼはアニスを見つめると、クリエから手を離してアニスと向き合う。
「クリエ様。甘い時間はまた落ち着いた時にでも……で、アニス。何かありましたか?」
「別に何もないわよ。気のせいじゃない?」
「貴女、馬鹿なんですか? 様子がおかしい事にみんな気付いてるでしょう。そんな事も分からないんですか?」
わざとらしくリゼが大きな溜息を吐く。
「う、それはその……個人的な事って言うか、ちょっと話にくい事だからね」
「別に話にくい事を無理やり話せとは言いませんが、せめてもう少し隠すなりできませんの? 別に貴女が何に悩もうがどうでもいいですが皆様を、特にクリエ様を心配させる事は許しませんよ」
リゼに言われてアニスは改めてクリエたちを見る。
クリエは相変わらずの笑顔だが、ミヨンとウィルは微妙な表情をしていた。
思わずアニスは苦笑する。
「あはは、いやホントごめん。ただ事情を知らない人には、ちょっと話しずらくて。その……自分の過去の事だからね」
クリエたちはそれぞれ過去の事はお互い大体知っているが、全てを知っているという訳でもなかった。
特にアニスは戦争中に無理やり生体実験されて造られた戦士であり、言いずらい事も多い。
クリエたちも話の話題で聞く事はあっても、話そうとしない事は無理には聞かなかった。
そんな煮え切らないアニスをリゼは責めるのではなく、どこか心配そうに見ていた。
「まぁ、貴女の過去は少々暗いですからね。この辺にしておきましょう。私も渡す物を渡したら、行かないといけないので」
と、リゼはカバンから厚みのある封筒を取り出し、ミヨンに手渡した。
気になって中身を確認すると、100万ゴールドほどの札束入っている。
「折角の祭りですし、軍資金が合った方がいいでしょう」
昔は金貨一枚が1ゴールドだが、高額になると持ち運びも管理も大変だった。
その為に単価の違うゴールドを造られた時期もあったが、結局かさばる事に代わりはなく、世界神と国のトップたちが話し合い、千ゴールドと一万ゴールド紙幣が造られる事になる。
紙幣には世界樹の葉を材料としたインクが使われ、魔力を少し流すだけで世界樹特有の魔力が現れる為、即本物かどうか分かる仕組みになっていた。
また印刷されている模様にも特殊な仕掛けがあり、複製は限りなく不可能に近い。
「こんなにいいのか?」
「事が終われば楽しい祭りです。たまには思い切り楽しむのもよろしいかと」
「そうか、ありがとう」
ミヨンは封筒を自分の鞄へしまう。
そしてリゼはアニスを見ると、
「それに、ここのお店には美味しいお酒もあります。どこかの酒好きに飲ませていいでしょう……では皆様、わたくしはこの辺で」
リゼは優雅にクリエたちにお辞儀をすると、仕事へと戻って行った。
その後ろ姿を見たアニスは自嘲気味に笑うと、食堂で一番高いお酒を注文し、届くとワイングラス一杯分を飲み干す。
「……はぁ、美味しい。やっぱりこれがないと始まらないわね」
心の底から美味しそうに飲むアニスを見て、クリエたちはやれやれといった表情になるが、どこか嬉しそうだった。
完全に吹っ切れたとは言えなくても、少なとも暗い表情はそこには無い。
「そう言えば、ここにも怪しい人物来てないか聞いてみようか」
クリエが思い出したように言うと、近くに居た店員に職業を伝え、店主を呼んでもらい話を聞く事になる。
かっぷくの良い男性店主は、幸いその人物に心当たりがあり、ちょっとしたハプニングが合って良く覚えているようだった。
「その人なら良く覚えてるよ。深めにフードを被って黒髪に口髭があった男性で旅人っぽかったよ。音楽祭が始まる前日くらいだったかな」
「どうしてその人の事を覚えているんですか?」
ウィルが気になって尋ねる。
「ああ、実はなその日の日替わり定食でちょっと失敗してさ。素材の味を生かすために素朴な塩味で出してたんだが、うっかりその……砂糖を振っちまってな」
「それはまた。お客さんは怒ったでしょう」
「いや、それがそんな時もあるって笑って許してくれてな。そんな事はあの日だけだよ。それから食事を終えると、周囲に音楽祭をどう思うかとか、誰が気になるのかとか聞いてたな」
「おかしな点はありませんでしたか?」
「ないよ。音楽祭が近くづくとそういう人は増えるから。ただ、その時にちょっとした口論があったんだよ。といっても、聞かれた人が誰かの悪口を言うから、そういうのは良くないって注意してただけだがな」
「なるほど……」
「料理の件とそ口論があったから妙に記憶に残ってたってわけさ」
「その日なんだけど、伯爵は来なかったかな?」
話が一区切りした所で、クリエが店主に聞く。
「伯爵様が? 流石に来られたら覚えているよ。その日は来なかったよ。たまに視察で来る時はあるけど」
「そうなんだ。情報ありがとう」
クリエが礼を言うと、店主は忙しそうに仕事へ戻る。
この時点で妙な違和感をクリエたちは覚えていたが、一旦頭の片隅に置くと食事を終えてから、他の店にも聞き込みを始めた。
他の店で聞き込みをすると、案外その人物を覚えている人は多かった。
外見は同じだが、時に食事を奢り、道端で歌などを披露している演者には多目のお金を払ったりと、かなり羽振りの良い事が伺える。
そしてやはり、周囲の人に音楽祭の感想や誰に注目しているのかなどを聞いては、メモを取っていた様だった。
ある程度話が集まりクリエたちはホテルへ戻ると、一階の食堂で休憩しながら一応ここのホテルの店員にも見た事があるか聞いてみる。
「その人なら多分知っています」
「え? ここにも来たの?」
アニスが予想外の返答に思わず驚いた。
クリエたちが泊っているホテルは貴族や金持ちなどが来る場所で、普通の一般客は金銭的に来る事が難しい。
「はい、でも食事や泊まりにではなく、支配人と個室に入って行かれましたね。ただ、帰った所までは見ていませんが」
「支配人と話って、その人一体何者よ。ちょっと普通の旅人って感じじゃないわね」
「……支配人と会う事は出来る?」
クリエが職業と仕事の内容を伝えると、店員は快諾して聞きに行く。
すぐに戻って来ると、仕事が忙しいので手短にならという話だった。
クリエが立ち上がると、一人で行って手短に済ませて来ると言い、店員に連れられて行く。
そして言葉通りすぐ帰って来た。
「おかえり。どうだったんだ?」
ミヨンが頼んでいた飲み物を飲みながらクリエに聞く。
「うん、この件はこれで終わりかな。誰か分かったよ」
「は? 誰か分かったって支配人の知り合いだったのか?」
「まぁ……そうなるね。全く人騒がせな人だね。でも、元凶でもないし、これで今の状況が良くなる事もないから、別のアプローチを考えないといけないかな」
「で、結局誰だったんだ?」
「伯爵だよ」
クリエの言葉にミヨンたちは眉をしかめた。
暫くミヨンたちは考えた後、ウィルを口を開く。
「全然人相と違いませんか?」
「ここは芸術関係の小道具が多いからね、多分カツラと付け髭じゃないかな? 変装して事前に音楽祭の市場調査でもしていたみたいだよ」
「もしかして、それが周囲に怪しいって思われていた原因ですか?」
「だね。普段ならそうでもないんだろうけど、今は状況があれだからね。妙に目立ったんだと思う」
「そして、伯爵自身はまさか自分の事だとは思っていなかったと言う訳ですか」
ウィルの言葉にクリエは頷いて答えた。
「ああ、だから食堂で違和感があったのか。日替わり定食は勿論その日だけで、店主が調味料を間違えたのは一度だけ。それを知っていたのは伯爵だったからな。自分で食べたと言っていたし」
ミヨンが軽い溜息を吐きながら言う。
「この事は明日にでも伯爵に報告して、今日はもう休もうか。なんだか疲れちゃったしね」
クリエがまとめるように笑顔で言い、徒労感をミヨンたちも感じていた為、腹いせにホテルでしこたま美味しい物を食べて部屋に戻って休む事になった。
そしてその日の夜。
自室のベッドで横になりながら、ぼーっと手入れの行き届いている綺麗な天井を見つめていたアニスの耳に、扉をノックする音が聞えた。
「こんばんは。アニス、起きてる?」
「……クリエ?」
クリエの声が聞こえ扉を開けると、そこにはワインを一本片手に持った笑顔のクリエの姿があった。




