4 宝探し
リゼの部屋は二階の奥まった所にある大きな部屋だった。
最初にクリエたち一般客にあてがわれている部屋とは違うようで、高級なワインやフルーツなどあり、内装もエルフウッドの明かりがふんだんに使われ、明らかにリゼ専用の特別室に見える。
「僕の部屋とは全然違うね」
クリエたちの部屋が質素というわけではないが、それでも違いは明らかであり、ちょっとしたホテルか、貴族が使う一室にも劣らない華やかさがあった。
部屋に入るとリゼは棚からワインを取り出して二つのグラスに注ぐと、クリエと隣同士でツインの大きなベッドに腰を掛け、笑顔で軽く乾杯をする。
「これは、美味しいね」
一口ワイン飲んだクリエが、その芳醇な香りと味に感嘆の声を上げた。
無料で提供されているワインとは明らかに異なるレベルの物であり、アニスが飲んだら泣いて喜ぶ顔が目に浮かんだ。
「折角ですのでここの倉庫にある、最高級の物を開けさせていただきました」
「ありがとう。良い思い出になりそう」
「さっき気分を害されたお詫びですわ」
「さっき?」
「コレットさんの事です」
「ああ……別に気にしてないけどね。知り合いなの?」
クリエの問いに、リゼは首を横に振り軽い溜息を吐いた。
「直接は今回が初めてでしたね。シュメイン商会のトップであるご両親とは、仕事で何度か会った事はありますが。何でも、困っているみたいですけど」
「困っているってどうして?」
「経営方針の違いですね。ご両親は堅実ですが、娘さんのコレットさんは、結構危ないやり方で業績を伸ばす事もいとわないとか。グレーゾーンはわたくしもしますが……やはり法を犯すのはアウトですので」
「君を誘ったのも、商談関係なのかな?」
「そうですね。わたくしに気に入られるとメリットがあると考えたのでしょう。気持ちは分かりますが、場は弁えてもらえませんと」
リゼがクリエを見て微笑んだ。
「しかし、あの場所であんな事を言うなんて、人の心というは分からない物ですね。商売をしていて本当にそう思います。何がきっかけで変わるかも分からない」
「それが心なんじゃないかな? それに、心は知る物じゃなくて、常に知ろうとし続ける物だと思うよ」
「どういう事ですか?」
「エレクトラさんが言ったように、変化するからね。好みや趣味と同じで、知っていたから良いんじゃなくて、常に今を知る事が重要なんじゃないかな?」
「確かに難しい事ですね。でしたら、今の貴女をわたくしにじっくりと教えていただけませんか? 心も身体も……ね」
リゼがクリエからワイングラスを奪うと、近くのテーブルに二つのグラスを置き、さらに近寄って距離を詰める。
「エレクトラさんは、女性同士でも良いの?」
「世界を旅していると、性別や種族はそれほど問題がないと知りました。それに、愛の世界神様も認められています」
愛を司る世界神の教えで、世界では同性婚や異種族同士の結婚も認められていた。
それは認める事を強制するのではなく、理解出来ない、認められない、受け入れられないなどの個人的感情は良くても、「排除」だけは許さないと言うものだった。
そのため、偏見や差別はあるが、存在その物を認めないといった過激な行動や言動は厳しく取り締まりを受ける。
「ですから、何の問題もないのですよ」
ニッコリと笑ってリゼが言うと、クリエをお姫様だっこをしてベッドの中央へ横たわらせて覆い被さる。
リゼの長い髪がクリエの頬に当たりくすぐった。
「部屋に来たと言う事は、アーレルさんも勿論お分かりですよね?」
「子供じゃないからね」
そしてクリエにキスをしようとしたリゼだったが、人差し指を立てたクリエに止められた。
「?」
「でも、タダじゃ駄目かな?」
「あら? こんな時に交渉だなんて……いいですわよ。対価に何をお求めでしょうか?」
「宝探し」
「……宝探し?」
「あのワイン。倉庫にあるんだよね? じゃあ、あれ以外他にいろいろありそうだから倉庫を見てみたいな? あ、欲しいんじゃなくて、どんな物があるか見たいだけだからね」
「そういう意味ですか。勿論、構いませんよ。案内いたしましょう……ただし、わたくしを満足させていただければですが」
「商談成立だね」
「ええ、そのようです。さぁ、優しくして差し上げますから」
と、リゼがクリエの手をどけると、再びをキスをしようとする。
だが、クリエが魔法でリゼの身体を浮かしてベッドに寝かせるとクリエがまたがった。
そして両手を頭の上に上げさせ、手錠の形をした魔法で縛る。
「あ、あのこれは一体?」
突然の事にリゼは戸惑いの声を上げた。
クリエは暫く無言でリゼを見下ろした形で見つめると、一つの手を胸板に置き、もう一つは長い耳を優しくいじり、リゼが小さな声をあげる。
「僕はね、優しいよりも激しい方が好きなんだ。だから……君が僕を満足させてね」
今までの幼い雰囲気は無く、妖艶に微笑むクリエの表情だけが、リゼの瞳を占領していた。
******
リゼの部屋から出て来たクリエは、一人でテーブルに着くと水を飲んで一息ついていた。
「あ、いたいた。どこに行ってたのよ」
「全く探したぞ。急に居なくなるんだからな」
クリエの姿を見つけたアニスとミヨンが駆け寄って来る。
「情報収集かな。そっちはどうだった?」
ミヨンとアニスは首を横に振って答えた。
「駄目ね。妙に口が堅くて何も」
「こっちもだ。店員の仕事に対する熱意が高いと言うか、特にここを買い取ったエレクトラ商会には恩があるみたいな感じったな」
「そうだろうね」
と、クリエが答えると霊体になっている半透明のウィルがやって来るが、なぜかクリエを無言で見つめていた。
「ウィル、何か収穫はあった? って、どうかしたの?」
心ここにあらずと言った感じのウィルを見て、アニスは不思議に思う。
『え? あ、ああいえ。何でもありません。こちらも特に収穫などは無いですね』
ウィルの歯切れの悪い答えに、クリエが反応した。
「ウィルは僕の事を心配して、傍に居てくれたんだよ。そうだよね?」
『あ……は、はい。すみません』
なぜかウィルは顔をうつ伏せて謝る。
クリエとリゼが接触してからは、何かあれば即ミヨンたちに報告する為に、少し離れた場所からずっとクリエを見守っていた。
そして、クリエとリゼの情事も見てしまう事になり、どうにもウィルは気まずい。
「さて、ウィルをいじめるのはこの辺にして、暗証番号だけど分かったよ。エレクトラさんと仲良くなってね。教えてくれた」
困った表情をしているウィルを助ける様に、クリエが話題を変えた。
「ちょっとぉ、仲良くなったって何があったのよ?」
アニスがクリエの頬をツンツンと突きながら聞く。
「向こうから話しかけてきてね。いろいろあったんだ。暗証番号は『L・Z・U・T』だって」
『?』
番号を聞いてクリエ以外全員が頭を悩ませた。
魔法錠はテンキー形式の1から9の番号を押すタイプで文字入力ではない。
ミヨンが疑問の声を上げる。
「ちょっと待て。意味が分からないんだが?」
「宝が欲しかったら、謎解きは定番だよね。さぁ、頑張って解こうか」
「嘘をついてる可能性は?」
「ないよ。そこは僕が保証する」
クリエとリゼにどういったやり取りがあったのかミヨンたちには分からないが、ひとまず考える事になった。
アナグラムには思えず、意味のある単語でもない。
仮にZ=26でも、ウィルが見た入力数が多すぎると言う物には当てはまらなかった。
いろいろ案を出し合って考えるが、コレといった物が見つからず、
「もう……こういうの苦手。ドアなり壁を破壊した方が楽でいいわ~」
と、アニスが机に文字をゆっくりと書きながら文句を言う。
その時、その手を見たミヨンが声を上げた。
「おい! 今何をした?」
「え? 何って書いただけだけど?」
「……そうか、書く。もしかして数字すらブラフで形が答えか?」
「形って?」
「そのまま意味だ。Lならその形の通りテンキーを押すんだよ。恐らく、押した回数と場所で判別してるんじゃないか? それならウィルが見た妙に番号多いのもうなずける」
『なるほど、確かにそれならいくら数字多くなっても関係がないから問題ありません。逆に見ただけだと訳がわかりませんね』
納得したようにウィルが頷き、ひとまず最有力候補なのでその案で行く事になったが、別の問題が浮上する。
「で、どうやって倉庫まで行くの? まさか、そのまま行くってわけにもいかないわよね?」
アニスが一階の奥にある倉庫に視線を促す。
二階とも繋がっているが、従業員専用通路であり、一般客が通るには目立ち過ぎた。
「そこはミヨンに任せようか。エレクトラさんの姿で行けば、多分怪しまれないと思うよ」
ミヨンは捕食しなくても、見た目だけなら見ただけでも擬態する事が出来る。
「残念だが、そこまで注意深くあいつを見ていない。服の問題もあるし、どこかでじっくり見られるなら別だがな」
「ここに行けばいいよ」
と、一本の鍵をクリエはポケットから取り出してミヨンに渡した。
「これは?」
「彼女の部屋の鍵だよ。二階の奥にある。まだ寝てると思うから観察する事は出来るんじゃないかな」
「なぜお前がこれを持っているのかは疑問だが……まぁいい。行ってくる」
ミヨンはクリエをジト目で見つめると、鍵を受け取りリゼの部屋へと向かう。
ウィルは周囲の警戒でミヨンについて行き、クリエとアニスは何かあった時の対処で待つ事になった。
それから暫くしてミヨンとウィルが戻って来る……。
「依頼完了だ。隠し場所に大きい封筒があった。すでに私の部屋の鞄に入れてある」
「おぉ、すんなりいったわね。いつもこうだといいのに」
「ところで……なぜ、ベッドで寝ているエレクトラは裸だったんだ?」
「え? それってまさか……羨ましい!」
欲望に忠実なアニスとは打って変わり、ミヨンはどこか不機嫌そうだったが、
「最初に言ったよね。仲良くなったって。さ、そろそろおいとましようか」
笑顔でクリエが言うと、長居は無用なのでクリエたちは泊っている宿へ帰る事になった。
そして宿屋のクリエの部屋に集まり、とりあえず一息つく。
着替える気力もなく、それぞれがドレスのまま適当に座り、ウィルは身体に異変がないか腕などを動かして確認をしていた。
「しっかし、久しぶりに緊張したな。アニスじゃないが、暴れる方が気が楽だ」
ミヨンが鞄から証拠書類が入っていると思われる封筒を取り出すと、テーブルの上に置く。
依頼人の要望で「できれば確認が終わるまで見ないでほしい」とあったので、中身はまだ確認していない。
「正直、確認したいところではありますね」
ウィルが封筒を見ながら言う。
その時、コンコンっと部屋のドアをノックする音が聞こえ、全員が一斉にドアの方を見た。
『……』
ドアの方からは見覚えのある魔力を感じ、相手も特に隠すような事はしないようだった。
再びドアがノックされると、クリエがドアの開く。
「皆様、ご機嫌よう。お宝は見つかりましたでしょうか?」
そこには笑顔のリゼが立っていた。




