3 テラスでの語らい
クリエがリゼに連れられて来た場所は、宿の二階にあるテラスだった。
中とは違い人は少なく、二人きりのカップルの様な人たちが楽しげに会話を楽しんでいる。
二人ならいいが、一人だと少々気まずい場所だった。
「ようやく落ち着く事ができますわね」
「途中、なんだか睨まれた気がするけどね……主に僕が」
「こう見えて、わたくしはモテるので許して下さい」
クリエとリゼはテラスの手すりにもたれると、軽く笑い合う。
「流石、エルフの女王が認める豪商だね」
「ええ、その通りです。もっとも、あの人たちのほとんどは、わたくしの肩書と財力が好きなだけですが」
言いながらリゼは表情を曇らせた。
「不満?」
「どうでしょうか。ただ、寂しさや空しさを感じる時がある。そんな所です」
「僕は胸を張っていいと思うよ。だって、それは間違いなく努力の結果だと思うから」
「努力……確かに頑張りましたね。閉鎖的なエルフの国が嫌で、外の世界を知るのに商人は打ってつけでした。しかし、憧れた外の世界は広く深く綺麗でしたが、同時に汚く醜くもあった」
「確かに、良い事ばかりじゃないよね」
「商売を始めて間もない頃は、何度も裏切られ騙され、成功すれば逆恨みで殺されそうになった。しかし、商才はあったのか今の地位まで来ると、今度はご機嫌取りが寄って来る。わたくしの価値は一体なんでしょうね」
「全部じゃないかな」
クリエはリゼを見つめて、ハッキリと言い切る。
そんなクリエにリゼは一瞬驚いた表情を見せた。
「良い事も悪い事も、結局は全部がその人自身だと思うんだ。それに、何か大切な物があるから、商人を続けてるんじゃないの?」
「……そうですわね。権力や財力があれば、月並みですが誰かを助ける事が出来る。それが嬉しかったのでしょう。ここの宿のように」
「ここ? 確か前の主人は捕まったんだっけ?」
「よくご存じですね」
「前の持ち主って何か問題があったの?」
クリエの問いに、リゼは大きく溜息を吐いて答える。
「今は普通の宿屋ですが、前は娼館だったのです。許可を得ている合法な物でしたが」
「それなら問題はないんじゃないかな?」
「問題なのは、働いている人です。借金などを盾に無理やり働かせていのたですよ。娼館では店員は正式な契約を結ばないといけません。店員は奴隷ではないのですからね」
「きちんと契約をせず、無理やり働かせていたんだね」
「そうです。中抜きや、酷い時は家族などにバラすと言って無理やり働かせていたみたいですね。その情報を騎士団に流し、被害者の証言に帳簿もあって逮捕。めでたしという事です」
そこまで言うと、リゼはどこか遠い目をして星空を見上げた。
「いつも弱者は強者に言い様にされる。ままならないものです……」
リゼの話を聞いて、改めてクリエは依頼内容を考える。
言っている事は依頼人とリゼも同じだが、依頼人はその違法に手を染めていたのがエレクトラ商会で、リゼの方は全く関係がないという感じだった。
エレクトラ商会も大きいため、リゼの知らない所で起こっている事も知れないが、どちらにしても真実は倉庫にある証拠書類を確認するしかなかった。
「エレクトラ商会は慈善事業みたいな事をするんだね?」
「まさか。ここを買い取ったのは、立地条件が良かったのもあります。それに店員たちの借金は本物ですからね。払い終わるまではこちらで雇ってここで働いてもらっています。勿論、娼婦としてでは無くですが」
「ここだと嫌がる人もいるんじゃない?」
「その方たちには、商会の別の店で働いてもらっています。こういった一つ一つの行動が我が商会の信用に繋がりますので。商売は結局、信用が大切だと学びました」
「そうだね。信用があれば安心できるね」
「それに、困っている人が幸せになる使い方。そういうお金の使い道があっても、わたくしは良いと思っています」
リゼはクリエに笑顔で言う。
その瞳には強い意志のが感じられた。
「立派だけど、勿論そこには君自身も含まれているんだよね?」
「……え?」
「君が来て人だかりが出来た時、なんだかつまらなそうに見えたからね。少なくとも、僕には幸せには見えなかったよ」
「……」
暫く無言だったリゼだが、急に腹を抱えて笑い出す。
その笑いはどこか自嘲しているように見えた。
「急にすみません。そんな事言われた事がありませんでしたので……やはり貴女に話し掛けて良かったですわ」
「そう言えば、なぜ僕に声を掛けたの?」
「妙な気配もありましたが……何より目が合った時に、直感的に話してみたいなと思ったので。変でしょうか?」
リゼがどこか恥ずかしそうに言い、クリエは首を横に振ると微笑む。
「ロマンチックでいいね。そう言うのは大好きだよ」
「それは良かったです。あの、もしよろしければ……」
と、リゼが何か言いかけた時、
「リゼ・エレクトラさんですよね? 少しお話をよろしいですか?」
横から邪魔をするように女性の声が二人に聞こえた。
振り向くと、30代に見える金髪の長髪に白いドレス姿の女性が、両手にワイングラスを持ち微笑んでいる。
その一つをリゼに近づいて渡すが、クリエの事は一瞥だけして気にする様子を見せない。
「シュメイン商会会長の娘、コレット・シュメインと申します。まだ商人としては若輩者であり、ぜひエレクトラさんからご教授を賜りたいかと思い、声を掛けさせていただきました」
コレットは丁寧にリゼだけに頭を下げて挨拶をした。
リゼも笑顔で挨拶をするが、クリエから見ても営業スマイルである事が見て取れる。
「これはいつもお世話になっております。シュメイン商会の方とは共に切磋琢磨する、良きライバルであると思っております」
「豪商であるエレクトラさんにそう思われて嬉しく思います。それで、どうでしょうか。どこか二人きりになれる場所で商売のコツなど……あるいはもっと別な話でもしませんか?」
笑顔のコレットがリゼにそっと近寄り、空いているリゼの手を握る。
その手をリゼはどこか冷めた目で一瞬見たが、コレットは気が付かなかった様だった。
そして、コレットはクリエの方を向いて口を開く。
「ごめんね、お嬢ちゃん。私とエレクトラさんはこれから大人の話があるから、よろしいかしら?」
「よろしくはないよ」
「え?」
どこか含みのある言葉を即クリエに否定され、コレットは驚きながら間抜けな声をあげるが、隣のリゼも驚いた表情をしていた。
「さっきエレクトラさんから聞いたけど。商売は信用が大切らしいよ? 話の腰を強引に折って、自分勝手に話を進めるのは商談でも嫌われるんじゃないかな? 何より信用が得られない事じゃないかい?」
「なっ……いいですか、貴女には分からない事です。商売というのは大変で、時に綺麗ごとだけでは上手くいかないのよ」
「そうだね。でも、今それを選ぶのは僕じゃなくて、エレクトラさんになるよ……そうだよね?」
クリエは意味ありげな笑顔をリゼに見せる。
それを見たリゼも釣られるように笑うと、コレットの手を離し、渡されたワイングラスを返した。
そしてクリエの背後に立ち、両手を肩に置く。
「コレットさん。申し訳ありませんが、今はアーレルさんとの大切な時間ですので、お話しはまたの機会にでも」
リゼは笑顔だったが、そこには明確な拒否の意志があった。
何かを言いたそうにしていたコレットだったが、暫くして最後に軽く頭を下げるとその場を去って行く。
「良かったの?」
コレットが居なくなったのを見届けると、リゼを見上げてクリエが言う。
「あの方は匂いましたので」
「匂い?」
「こういう仕事をしていると、嫌な下心などに敏感になるんです。もっとも彼女は分かりやす過ぎましたが」
「僕には?」
「……良い花の香水の匂いがしますね。お連れ様は良く、アーレルさんの事を理解されているようです」
「自慢の仲間だからね」
クリエが笑顔になりながら言うと、リゼはドレスのポケットから一つの鍵を取り出して見せた。
「先ほど言いかけましたが……よろしければ、部屋で二人でお話しでも。わたくしは貴女の事がもっと知りたくなりました」
「勿論いいよ。僕で良ければね」
クリエにとってはチャンスだった。
上手くいけば暗証番号か、そのヒントくらいは聞き出せるかも知れない。
「では、参りましょうか」
リゼはクリエの片手を握ると、テラスを後にして自分の部屋へと向かった。




