8 はい、私が守護者です
ドラゴンの襲撃から帰って来たその日の夕方。
宿では、クリエたちが温泉村に居る全ての人たちを集めて報告をする事になった。
全員が集まると、クリエが口を開く。
「結論から言うと、今回の調査は中止して明日の朝にはここをみんなで発ちます」
今から準備していると夜間になり、野生の魔物の危険が増す。
騎士団の応援を呼ぶ事も考えたが、人が多くなるとドラゴンを刺激して呼び寄せる可能性がある為、それも出来なかった。
明るいうちに早く出る事が最善と結論付けられた。
周囲がどよめくが、ドラゴンが出た以上、悠長にはしていられない。
ドラゴンを倒せば良いという単純な問題でもなく、仮に倒したとしても、原因が分からないのであれば、また同じような存在が来るとも限らない。
さらに火山の問題もある。
「このような結果になって、申し訳ありません」
クリエとミヨンたち三人が集まった人たちに頭を下げた。
その光景をリゼや他の人たちは心底驚いている。
世界神が謝罪で頭を下げる姿など、ほとんど見ないくらい珍しい出来事だった。
「顔を上げて下さい。最初からダメ元でしたし、ドラゴンまで現れたのなら仕方のない事です。クリエ様は何も悪くありません」
静香はクリエに申し訳なさそうな顔をする。
周りも静香の意見に賛同していた。
「しかし、火山は噴火しそうだし、魔物は来るは、ドラゴンは出るは、一体この土地どうなってるのかしら?」
アニスが素朴な疑問を口にする。
火山活動が活発になってから、一気に厄介事がやって来た感じだった。
「本当ですね。こんな事は一度も無かったのに。てっきりあのドラゴンが守護者様かと思ったのですが……」
少なくともいきなり森を攻撃した以上、守っているという感じは微塵もせず、ガッカリと静香は肩を落とす。
「皆さんは荷物を纏めて、今日は全員が宿に泊まって下さい。安全は僕が保証します。みんなは荷物の整理や運ぶのを手伝ってあげて。僕はちょっと考え事があるから、よろしくね」
クリエがミヨンたち三人に手伝いを促した後、一人宿の外に出ると火山を見つめていた。
いくつかクリエには引っかかる事があり、考えをまとめていた。
あのドラゴンを昔見た事がある気がした事、そして石像を見たミヨンの発言の「ごちゃまぜ」という言葉。リゼの温泉の魔力が濃くなっている発言。
あと少しで何か思い出せそうだが、やはりハッキリと思い出せない。
火山もドラゴンも、創造主であるクリエからしたらどうとでもなる。
ある程度の事に干渉する事は決めたが「出来る事」と「していい事」は違う……。
それがクリエの考えであり、最終的に世界の問題は、その世界に住む全ての存在の責任だと考えていた。
しかし、造った存在を救わない創造主の意味とは?
逆に誰もが救われ、痛みを知らない存在の価値とは?
いつまで経ってもその答えは今も出ない……。
「……情けない創造主だなぁ。いや、創造主なんて結局はそんな程度のもんか」
クリエの吐いた溜息は、誰かに聞かれる事も知られる事も無く、村を去る用意の喧騒の中に消えて行った。
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翌日の早朝。準備も終わり、いざ村から出ようとした時、再びドラゴンの咆哮が村に響く。
クリエたちは、やっぱり来たかと思っていた。
ドラゴンはプライドが高く、基本的に自分を傷付けた相手を許さない。
傷が癒えて帰ってくる前に去る予定だったが、そうもいかなくなった。
「大丈夫、僕が守るから何も心配いらないよ」
不安がる静香を含めた村人や騎士団たちにクリエが言う。
クリエが指を小さく鳴らすと、村全体がクリエの作った結界に守られた。
「宿だけじゃなくて村全体を守ったから、何かやり残した事があったら今のうちにしてね」
「あの、クリエ様を疑うわけじゃないんですが、この結界はどれくらいもつんでしょうか?」
静香がおずおずと聞いてくる。そんな不安を払拭するようにクリエは笑顔で答えた。
「そうだね。例え世界が崩壊しても、大丈夫なくらいかな」
「……え?」
困惑している静香をよそに、クリエはミヨンたち三人を見て頷くと、昨日ドラゴンと対峙した広場に向かった。
クリエたちとは別にリゼもついて来た。一度関わった以上、最後まで付き合うと。
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広場に着くと、すぐドラゴンがクリエたちと対峙するように空から大地へ降り立つ。
昨日の攻撃を覚えているのか、すぐに襲ってくるような雰囲気は無く様子を見ているようだった。
そんなドラゴンを見てアニスが呆れたように口を開く。
「しかし、あのドラゴン。どうしてここに来たのかしら?」
「さぁな、なんか拘りでもあるのかもな」
「そうは言っても、ここは火山と温泉ぐらいしかありませんよ?」
ドラゴンがなぜこんな所に来たのか、それがいまいち分からない状況だった。
「なんだかあのドラゴン。自分がここの主だって感じで、どうも好きになれませんわね」
リゼが呆れた溜息を吐く。
「……! リゼ、今なんて言ったの!」
「え? ですから、ここは自分の土地だって言いたげで、好きになれないなと。あの、わたくし変な事を言いました?」
クリエの突然の反応にリゼは困惑していた。
やがてクリエはドラゴンと火山を何度も見ると、
「ああっ! 思い出した!! 火山……あの火山だった!」
普段大きな声を滅多に出さないクリエに、全員が驚いて見た。
そんな驚いているみんなを尻目に、クリエは少し宙に浮く。
「ごめん、ちょっと行ってくるよ」
「え? 行くって、一体どこへ?」
アニスが驚きながら訪ねる。クリエは火山を指差した。
「火山。お寝坊さんを起こしに行ってくる。あのドラゴンはここに暫く足止めしといて。もし逃げるようなら……殺していいから。折角、やり直すチャンスをあげたのにな」
最後の方は呟きだった。
言い終えるとクリエの姿は一瞬で消え、残されたアニスたちは訳が分からなかったが、
「殺して良いなら変に手加減しなくていい分、楽だな」
「そうね、昨日はやりずらかったし」
「ですが、逃げたらです。それまでは適当に今度は相手をしましょうか」
「わたくしは魔法で援護しましょう」
それぞれがドラゴンを見つめる。
三人の雰囲気が変わった事に、リゼは少し後ろに下がると、後方支援に徹する事にした。
リゼは火山に向かったクリエを一瞥し、アニスたちクリエの使徒三人を見つめる……。
そもそもリゼは知っていた。
クリエの使徒が、並のドラゴンよりも遥かに強いという事を。
そしてクリエが世界の創造主である事も、エルフの国に居る二人の女王から聞いていた。
「……」
リゼが誰にも気付かれないくらい、小さく笑う。
しかし、リゼが持つクリエたちに向ける感情は、それとは関係の無い事であり、大切なのは「何であるか」ではなく「何をしたのか」ただそれだけだった……。
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一方、クリエは火山の火口の真上にいた。
眼下には燃え滾る溶岩があるが、そんな事は関係が無いようにその身を沈めていく。
まるで水の中にいるように、何事もなくクリエは溶岩の奥深くに行き、やがて目的の存在を見つけた。
心の中で溜息を吐くと、通常の声ではなく、魔力で直接相手へ語り掛ける。
『やっぱり寝てたね』
それは全長10メートル以上はある巨大な鳥だった。
その鳥の頬を撫でると、鳥はびっくりしたように目を開けクリエを見た。
何度も目をぱちくりさせ、そんな鳥を見たクリエは笑う。
『おはよう。ちょっと寝過ぎじゃないかな? あいつが帰って来て面倒事を起こしているよ?』
『……!』
クリエの言葉に鳥は上を見ると、身に覚えのある魔力を感じたようだった。
『さ、行こうか。数百年前の後片付けをしにね』
クリエが大きな鳥の背中に周るとその毛を掴む。
次の瞬間、鳥は真上にある火口の出口から飛び出した。
全身が燃え盛りながら神々しい光を放ち、尻尾にはクジャクの羽のように綺麗な尾羽が何本もある。
それは世界に二つとない存在、聖獣フェニックスだった。
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ドラゴンの相手を適当にしていたミヨンたちは、突如起きた大きな地響きと、吹き上がる火山に驚いていた。
アニスが噴火を見て思わず口を開く。
「ちょっと! 今のタイミングで噴火するの!」
「最悪なタイミングだな……」
「でもなんかあの噴火、少しおかしくないですか?」
確かに火山は噴火したが、黒煙などもなく、ただ溶岩のほんの一部だけが吹き出す。
それを見ていたのはミヨンたちだけではなく、ドラゴンも火山を凝視していた。
「? あの……あそこから何かこっちに向かって来てませんか?」
リゼが遠くからやってくるフェニックスを見つけ、アニスが目を細めて眺める。
「ほんとだ。何あれ……鳥?」
神々しく輝きながら燃え盛るフェニックスが、目にも止まらぬ速さで風を切りながら飛んでいた。
そしてその背にはクリエが座っている。
その姿を見たドラゴンが慌てて逃げようとするが、それよりも早くドラゴンに激突すると、遥か上空へと身体ごと持っていき、やがて凄まじい魔力の光りと共にドラゴンが一瞬で蒸発して跡形も無く消えた。
その場でフェニクッスは大きな鳴き声を上げて、真っ赤に燃える翼を広げる。
フェニックスを中心に膨大な魔力が広がり、森などに居た攻撃的な魔物も一斉に逃げ出した。
そしてその光景は、村に居た全員も茫然とした表情で見つめている。
「ちょ、あ、あれってフェニックスじゃないの! 噓でしょ……伝説の聖獣がなんでここにいるのよミヨン!」
「そんな事、私が知るか! しかもあれなんか背中に乗ってないか?」
「確かに誰かが背中に居ますね……」
「……わたくしの目が確かなら。あれ、多分クリエ様ですよ」
アニスたちが見ている中、輝きが治まったフェニックスが地面に降り立つ。
羽や尻尾が燃えているのに、焼けどするような暑さは感じられず、むしろ落ち着く心地よい暖かさがあった。
一斉にみんながフェニックスに近づくと、その背から降りたクリエに説明を求めた。
「それは本人から聞く方が早いかもね」
と、フェニックスの方を見る。
フェニックスの身体が光り輝くと、赤髪短髪に赤いワンピースを来た16歳くらいの女性に姿を変えた。
そして、自身の名前を「レミラ」だと紹介すると、
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃぃ!」
物凄い勢いで頭を何度も下げて謝り始めるのだった。




