7 守護者様ですか?
村から少し慣れた場所にある広場に着くと、クリエたちは遠くの空を見上げる。
確かに、何か飛んでいる大きな物体が近づいて来るのが見えた。
やがてそれは、クリエたちの少し前の上空で旋回し始める。
細かい事は分からないが、強力な魔力を持っている存在である事だけは確かだった。
「あれどうするの? 落とす?」
「そうだな、このまま上空をウロチョロされても鬱陶しい」
ミヨンとアニスがクリエを見ると、頷いて答えた。
アニスの身体から血が沸き出ると前方に集まり、巨大な赤い結晶の弩砲 (どほう)バリスタになり、矢の照準を飛んでいる物体に合わせる。
ただ、バリスタが大きすぎて簡単に撃てそうになかった。
「後はミヨンよろしく」
「仕方ないな。というか、あんな動いてるのに当たるのか?」
「大丈夫よ。矢さえ飛べば、後は私が動かして当てるから」
「だったら自分で飛ばせばいいだろ?」
「矢の操作に専念したいから余計な事をしたくないのよ。ほらほら」
バリスタの全てがアニスの魔法であり、飛ぶ軌道修正も簡単に可能だった。
それを聞いたミヨンは軽く溜息を吐くと、片手を大きなハンマーに変え、そして矢の後部を思い切り打ち付ける。
物凄いスピードで飛んだ矢だが、飛行生物とは見当違いの方向に飛んで行った。
しかしアニスが片手を前に出し、矢を操るように動かすと、まるで生きているように矢が軌道修正して飛行生物に当たる。
当たった矢は砕け散り、周囲に綺麗な赤い結晶の欠片を撒き散らした。
「手応えあり……しかし硬いな。刺す予定が、逆に砕かれるなんて」
アニスの考えでは刺した後、矢ごと対象を引き寄せる予定だったが、あまりの相手の硬さに矢が砕け散る結果になった。
周辺に残った赤い結晶を、アニスは血に変えると体内に戻す。
「しかし、効果はあったようですよ。落ちて行きます」
「そうですわね。後で護衛に何だったか確認させましょう……って、なんだかアレ近づいて来てません?」
ウィルとリゼが上空から落ちて来た生物を見ていると、地表へ墜落する前に再び羽を羽ばたかせて飛び上がり、猛スピードで一直線にこちらへ向かって来た。
巨大な体躯を露にし、やがてクリエたちの目の前に来ると、それは地面に着地すると同時に周辺に地響きを鳴らす。
『…………』
その姿を見て全員が沈黙した。
全身が緑色のトカゲのような身体に太い一本の尻尾があり、背中からは蝙蝠のような翼が生え、強靭な前足と後ろ足には鋭いかぎ爪が付いている。
そして頭には二本の角に、口には凶悪な牙が幾本も生えていた。
強大な魔力が全身を包み、大きさは10メートル以上はある。
雄叫びのような咆哮をすると、上空に向けてその口からは火を吐いた。
「ド、ドドド、ドラゴン!? 噓でしょ? なんでこんなのがここに居るのよ!!」
アニスが思わず叫んだ。
咄嗟にクリエと静香以外は臨戦態勢になる。
攻撃されたからか、ドラゴンは明らかに気が立っていた。
しかしドラゴンを見て、目を輝かせて喜んでいる静香がいる。
「み、見て下さい。きっとあれが守護者様で、あの火山をどうにかしに来てくれたんですよ!」
確かに、部分的に見ればあの石像に似てなくもなかった。
だが、ドラゴンが大きな口を開け、魔力を溜めて圧縮させると、赤い光線のようなブレスを森へと放つ。
一瞬にして一部の森が焼失し、ウィルとリゼが慌てて延焼しないように水魔法で残り火を消した。
「アレを見てもまだ守護者様って言えるのか?」
「えーと……ほら、お腹が空いているとか、ちょっと機嫌が悪いとかでは?」
ミヨンの問いに静香は苦笑して答えた。
「しかしアイツ、なんか身体が汚れていないか?」
「汚れというか、焦げ跡という感じがしますね」
ドラゴンの身体をウィルが観察すると、緑色をした身体の一部分に、黒く焼け焦げたような跡があった。
暫くドラゴンを観察していたクリエが口を開く。
「……とりえあず、一旦お帰り願おうかな」
「倒さなくてもいいの?」
目の前のドラゴンは見た感じ、魔族ではなく魔物だった。
「無理に倒そうとして森を焼かれても大変だしね。軽く痛めれば驚いて帰るかもしれない。女将さんは僕が守るから気にしなくてもいいからね」
「倒すよりも面倒だけど、仕方ないわね。ミヨン、どうする?」
「ウィルがドラゴンの動きを止めて、アニスが頭にゴツンと一発ぶちかませばいいだろ」
「普通に殴るだけじゃ威力が足りないかも。あのドラゴン結構硬いし」
「私が上まで運んでお前をぶん投げる。それで勢いをつけろ」
「ブレスの問題がありますよ」
一番の問題は高威力の炎のブレスだった。
多少溜めの時間があるにせよ、危険である事は変わらない。
その時、リゼがミヨンたちに近寄る。
「でしたら、ブレスはわたくしが防ぎましょう」
そう言うと、手に付けていたマジックアイテムである指輪を全て外して、ポケットにしまう。
その様子を見てアニスが冗談めかしにリゼに言った。
「リゼに出来るのぉ? 相手はドラゴンよ?」
「折角のクリエ様に良い所を見せるチャンスなのです。それに……無色の魔法使いとしての力を久しぶりに見せてさしあげましょう」
誇らしげにリゼが言うと、リゼを中心に旋風が巻き起こり、黒髪を激しい風になびかせながら爆発的に魔力を上げる。
リゼが普段付けている指輪は、膨大な魔力を属性魔法に細かく変換し、複数同時発動を補助する物で、本来のリゼは属性魔法ではなく、無属性魔法が得意だった。
魔法には地、水、火、風など多くの属性が存在するが、根本にあるのは無属性の魔力そのものであり、属性を付けるのは、有利不利による特性を利用する為になる。
そのため無属性は弱い魔力ならあまり使い物にはならない。
だが、膨大な魔力を有している際は不利が無い分、あらゆる属性に対して有効打になった。
「いいか、ブレスの時を狙う。アイツはブレス前後の隙がでかい。ブレスの溜めに入ったらウィルが動きを止めて、私がアニスを上に運ぶ、リゼはブレスを防いでくれればそれでいい」
と、そこでミヨンはウィルを見た。
「ウィル、いつもみたいな細い奴なんか使うなよ」
「分かっています。私も少々本気の闇魔法を見せしましょう」
「じゃあ、始めるぞ」
ミヨンの合図でそれぞれが動き始める。
ドラゴンの攻撃は大振りが多くて動きも遅く、避ける分には余裕だった。
ブレスを誘発するために、小さな攻撃で刺激する。
やがて業を煮やしたドラゴンが、大きな口を開けてミヨンたちに向けた。
「今だウィル! アニス、上に行くぞ、乗れ!」
ミヨンがウィルに指示を飛ばす。
ウィルの足元から黒い霧のような魔力が溢れ出した。
「さて、暫く大人しくしてもらいましょうか」
黒い霧の中から今までのような小さく細い腕とは違う、ドラゴンすら一握り出来るほどの、鋭い爪のある巨大な黒い手が一つ現れ、そのままドラゴンを横から鷲掴みにして動きを止めた。
同時にミヨンは一匹の大きな鳥の姿になると、アニスを乗せ一気に遥か上空へと飛んでいく。
ある程度の高度になると、今度は落下しながら筋骨隆々なオーガ族に姿を変えた。
「さっさとぶちかましてこい!」
落下しつつ、アニスを両手で掴むと思い切りドラゴンの方へとぶん投げる。
両手に一本。巨大で赤い結晶のハンマーを握ったアニスが、空中から猛スピードでドラゴンへと迫る。
それを察知してか、ドラゴンはジタバタと身じろぎするが、拘束から抜け出す事が出来ず、やがて首だけを器用にアニスの方に向けると、赤い光線のブレスを吐いた。
「さて、あの酒好きが燃えないようにしましょうか」
リゼがアニスに向かって両手を掲げると、アニスの前に巨大な白銀に光る魔法の盾が何重にも現れる。
ブレス攻撃を受け、いくつかの盾は壊れるが、アニスに届く事はなくブレスを真正面から防いでいた。
徐々にアニスがドラゴンへと近づき、やがて眼前に迫ると、大きくハンマーを振り被った。
「どっせえぇぇぇい!!」
アニスの気合と共に瞳が赤く光り、巨大な赤い結晶のハンマーがドラゴンの頭部を大きな音を立てて殴打する。
魔力の激しい衝突で風が巻き起こり、辺りに土煙が舞った。
ドラゴンが頭部を殴られた衝撃で気絶したのを確認すると、ウィルは巨大な手を解き、いつの間にか地上に戻っていたミヨンは結果を満足気に見ている。
アニスはハンマーを血に戻して吸収すると、ミヨンに抗議した。
「ちょっとミヨン、あの投げ方はないんじゃない!? もうちょっと優しくしてれても良いじゃない!」
「お前は頑丈だろうが。あれでも優しくしたんだがな」
やれやれと言った様子で、ウィルとリゼはその光景を眺めていた。
やがて気が付いたドラゴンは、クリエたちを暫く見つめると、どこかふらついた様子で飛び去って行く。
「お疲れ様。みんなカッコ良かったよ。リゼも協力してくれてありがとう」
クリエの誉め言葉にそれぞれ照れた表情になり、その横で静香はあまりの出来事に呆気に取られている。
そして今後の方針を早急に決めないといけなくなり、宿へ急いで帰る事になった。




