5 クリエの愛とリゼの愛され方
夕食も終わり、宿の自室へ戻ったリゼは座布団に座ると、一人酒を楽しんでいた。
部屋は洋式と違い畳が敷かれ、障子に襖、掛け軸などがあり、普段とは別世界の雰囲気がある。
木の机の上には米酒の入った徳利 (とっくり)とお猪口 (おちょこ)が置かれ、チビチビと飲みながら風情を楽しんでいた。
窓から差し込む月明かりが柔らかく綺麗で、部屋を数個の行燈 (あんどん)が照らしている。
普通の火の明かりではなく、エルフウッドから供給された魔力を光に変えているため、十分の明るさがあり、何かに燃え移る心配もない。
「リゼ、入っていいかな?」
クリエの声と共に部屋のドアがノックされ、リゼが慌てて向かえ入れると、二人は隣同士に座る。
「良くここに居る事が分かったね?」
「お手紙を拝見したところ丁度商談場所の近くだったので、ノルエステの方にお聞きしました」
リゼがクリエたちのスポンサーになる条件に、文通が入っていた。
文通、いわゆる情報交換は珍しい事ではなく、どこで誰が自分の商品を使ったのか、使い心地はどうだったのか感想を聞く為に行う。
しかしクリエたちの場合は、近況報告とリゼが近くに居た時に会いやすくするためだった。
普段離れて行動している仲間が、少しでも寂しくならないように。
「安全な場所じゃないから、ゆっくり出来ないのが残念だけどね」
「それでも、会える機会は逃せませんので」
クリエとリゼはお互いに小さく笑い合う。
その時、リゼの髪が少し濡れている事にクリエは気が付いた。
「あれ? 温泉に入ったの?」
「はい、食事の時に少し浴衣を汚してしまったのでついでに。ここ周辺の温泉は、前より魔力濃度が濃くなっていましたね」
「そうなの? さすがエルフはそういう事は敏感だね」
世界を循環し、多くの生命に必要不可欠な魔力は空気以上にどこにでもある。
魔法も魔力を消費して使うが、周辺の魔力を使うのか、自身の身体に貯めている魔力を使うのかで、少し性質が異なる物でもあった。
「身体に影響があるほどではありませんけどね。魔力に敏感なエルフか精霊族などでしか分からない程度ですし、ただ不思議だなと思っただけですので」
「魔力が濃くなった……か」
クリエは夕食時と同じように首を捻って考え出すが、それをリゼの言葉に遮られる。
「所で、こんな夜分にどうかされましたか? あ、もしかして夜這いに来て下さいました?」
お酒が入っているリゼが上機嫌に言うが、クリエは首を横に振った。
「違うよ。お礼を言いにね」
「お礼ですか?」
「うん、いつもいろいろありがとう。リゼのおかげで僕たちは本当に助かっているからね」
「わたくしは普段クリエ様のお供が出来ませんからね。これくらい当然ですわ」
「それでも、ありがとうリゼ。これからも頼りにしているよ」
リゼは笑顔で答えると徳利を手に取り、新しいお猪口に米酒を注いでクリエに差し出した。
クリエはそれを飲み干し、リゼも自分のお猪口に残っている米酒を飲む。
「美味しいね」
「そうですわね。特に二人きりで飲む物は格別です」
リゼにとってクリエは個人的に、そしてエルフという王国にとって特別の意味を持っていた。
過去にエルフの王国で世界が知る出来事が起きた時、それを裏で解決したのがクリエたちであったが、本人の希望によりその事は隠され、ほとんどの者が知らない。
「クリエ様には、本当にお礼の言葉もありません」
「改まってどうしたの?」
「祖国の事もそうですが、何よりわたくし自身がクリエ様には救われました。初めて会った、短い時間の出来事でしたが……」
「あの時は、楽しかったね」
クリエが当時の事を思い出して小さく笑う。
リゼはそんなクリエの身体をマジマジと見つめていた。
「今日も男性なのですね? わたくしと初めてお会いした時は女性でしたのに」
創造主であるクリエにとって自身の容姿や性別は好きにでき、初めてリゼと会った時は、ある依頼の為に訳があって女性になっていた。
と言っても、容姿はほとんど変わらず性別だけ変えている状態だったが。
「僕は基本的に男性だからね。女性の時の方がほとんど無いよ」
「そうでしたわね。ですが……」
リゼが少し間を作り妖しく微笑むと、クリエの腰に手を回し、太ももに手を置いた。
「わたくしとしましては、どちらでも良いのです。それよりも折角来ていただいたのですから……どうでしょうか? これから」
何かを誘う様にクリエの腰と太ももに触れている手が、優しく撫でる。
クリエはリゼと初めて会った時に肉体関係を持っているが、そもそも使徒である仲間三人全員とも、そういった関係を持っていた。
クリエにとって大切な存在は愛すべき者であり、それぞれを個別に最大限愛していた。
「今回は駄目かな」
リゼの誘いにクリエは首を横に振ると、手を振りほどいて立ち上がる。
リゼは少し残念そうな表情で立ったクリエを見上げた。
「いつ火山が噴火するか分からないからね。何かあった時にすぐ動けないと困るから」
「それもそうですわね。残念ですが、我慢します」
「……代わりにね」
と、クリエは徳利に入っている米酒を少し口に含む。
そして、そっと両手でリゼの両頬に手を添えた。
「?」
不思議そうな顔をして見上げるリゼに意味ありげに微笑むと、少し強引に顔を引き寄せ、そのまま口付けをする。
「んっ……」
不意の行為に、リゼの声が漏れる。
暫くして口を話すと、クリエとリゼの口からは、一筋の米酒が流れ落ちた。
クリエは自分の口から流れた米酒を指で拭うと、リゼに見せつける様に舐める。
「この続きはまた今度。その時は君の可愛い鳴き声を聞かせてね」
そう、クリエはリゼに目を細めて言い、
「おやすみ、リゼ」
優しく微笑んで部屋から出て行った。
「……」
そんなクリエの後ろ姿を呆然と暫くリゼが見つめると、
「はぁ~……もう、クリエ様好きぃ。こんな意地悪されるなんて、なんと罪作りな方なんでしょうか」
そして自分自身の身体を抱きしめて急に身悶えし始めた。
やがて落ち着きを取り戻すと、お猪口に米酒を入れて飲もうとしたが、その手を途中で止める。
「……せっかくの美酒の名残りが勿体ないわね」
リゼもクリエと同じように、口から流れている一筋の米酒を指で拭うと、舐めた。
それは今までのどんな高価な酒よりも、価値も意味もある味がし、恍惚とした表情になる。
「おやすみなさい、クリエ様……」
甘美な味わいに脳が痺れている中、リゼが窓から見える月を眺めながら呟く。
そして口の中に残るわずかなクリエの存在に酔いしれながら、リゼは眠りについた。




