2 エルフの豪商。リゼ・エレクトラ
クリエたちが宿屋の玄関に着くと、一人の女性エルフが無理やり中に入ろうとし、従業員に制止されていた。
「ここにクリエ様が居る事は知っています! さぁ隠さずに出しなさい! わたくしをあの方の元へ案内するのですっ!」
何やら賑やかな声が聞こえる。
「どうかしたの?」
騒ぎに静香が男性従業員に声を掛けた。
「こ、このエルフの方が、急に『クリエ様はどこだ。クリエ様を出せ』って、強引に入ろうとしたので、今は危険なので帰るように言ったのですが、聞かず困っています」
そこには20代後半に見え、パッツン前髪ロングの黒髪に、白と黒の模様がある長袖のロングワンピースを来たエルフの女性。
「リゼ・エレクトラ」が、従業員を押しのける勢いで中へ入ろうとしていた。
切れ長の目に、エルフの特徴である長い両耳にはイヤリング。
首にはネックレスをしており、指の全てには指輪がはめられている。
装飾品の全てには小さな宝石が付いるが、デザインに派手さが無いためか嫌味な感じはしない。
世界の魔力の循環を司る世界樹が存在する、エルフの王国の王都出身で、爵位は公爵。
豪商でもあり、エレクトラ商会の会長を務めていた。
エルフである為、非常に長寿であり年齢は123歳から数える事を止め、現在不明になっている。
なお商会のキャッチコピーは「鉛筆から大砲まで」と言う、幅広い商品を売りにしていた。
「げっ! リゼ……なんであんたがここにいるの!?」
その姿を見たアニスが声を上げる。
その声に気付いたリゼはアニスたちの中からクリエを見つけると、目を輝かせながら従業員を押しのけ、クリエに近づいて思い切り抱きしめた。
抱き締めながらクリエの頭を物凄い勢いで頬ずりし始める。
「クリエ様クリエ様クリエさまぁ! 貴方様のリゼが来ましたよ! 温泉で会うなんて、なんてロマンチックなんでしょうか。さぁ、久しぶりの再会に熱いベーゼを……」
と、目を瞑りクリエに口付けをしようとするが、横からアニスの手が伸びて、その顔面を掴んで止めた。
「いた、いたたたた! この下品な馬鹿力はアニスですね? 私とクリエ様の愛の時間を邪魔しないで下さい!」
「いやいや、そんなの私が許すわけないでしょ?」
笑顔で言いつつ、アニスは手の力を強めていく。
「ちょ……ま、待って潰れちゃう。分かった! 分かったから、その手をお離しなさい!」
リゼがクリエから顔を遠ざけると、すかさずミヨンとウィルがクリエをリゼから引き剥がした。
「良くやったぞアニス。夕飯に米酒を追加で出そう」
「私からはツマミを多めに。ですが、あのまま潰しても良かったのですよ」
そんな嵐のような光景を静香と従業員は呆然と見ており、クリエは気にしないように言った。
そこでリゼはようやく静香や他従業員の事を気にしたのか、咳払いを一つする。
「……大変お見苦しい所をお見せしました。わたくしエルフの国の公爵でありエレクトラ商会の会長。リゼ・エレクトラと申します。本日は我が愛しのクリエ様が近くに居ると聞き、お尋ねしました」
スカートの両端の裾を軽く持ち上げ、片足を斜め後ろの内側に引くと、もう片方の足の膝を軽く曲げて、背筋は伸ばしたまま挨拶をした。
さっきまでとは違い、気品の満ちた態度に静香たちも思わず挨拶をしながら頭を下げる。
そして、別人のように落ち着いた感じでアニスたちを見て口を開いた。
「あなたたち、わたくしに対する態度がちょっと失礼ではありませんか?」
「それはあんたがいつもクリエを困らせるからでしょうが」
「愛の表現に何の問題があるのでしょうか? そもそもクリエ様からは一度も嫌だと言われた事はありませんよ?」
「当たり前じゃない、クリエが無下にそんな事言う訳ないじゃない」
「……」
クリエから言わせれば、リゼもアニスたち三人の愛情表現もそんなに変わらないのだが、あえて口には出さなかった。
文句を言うアニスにリゼは目を細めると、含みのある笑みを浮かべた。
「良いんですか? わたくしはあなたたちの……いえ、クリエ様のスポンサーですのよ?」
リゼの言葉にアニスたち三人の表情が曇る。
主に冒険者などには商人が商品の宣伝や性能テストなどを兼ねて、スポンサー契約をする事があった。
スポンサーは無償で金銭や道具を冒険者に与え、冒険者は無料で扱える。
それを宣伝する事で商人側は売り上げ伸び、相互利益の関係になっていた。
ただそれが調査など行う中立ギルドのノルエステになると少し変わり、純粋な寄付に近い。
しかし、商人にとってノルエステ職員への寄付は一種のステータスでもあり、世界的社会貢献になっているので、全く無駄ではなかった。
むしろ国家や上級貴族はノルエステギルドそのものに寄付をしている所も多い。
なお、ノルエステの給料は基本的には依頼主が払い、それを本部や支部が一旦徴収後、内容によって金額が決まって支払われる。
それまでは自腹で調査する事が多く、後で経費を計上するが、使い方が認められなかった場合は経理担当からお叱りを受ける。
「わたくしがクリエ様に会うのに、まさか手ぶらで来たと思っているのですか?」
ニヤっと笑顔を作ったリゼが、さらに続けて言った。
「名産地の高級ワインや米酒の数々」
「うぐ……」
「同じく特上肉などの食材」
「む……」
「プロ御用達の調理器具に、皆さまの服と装飾品」
「それは……」
アニスたち三人はそれぞれ呻き声を上げる。
「あーあ、ここまで嫌われるのなら、全部持って帰るしかありませんわねぇ。折角皆様のために用意したというのに。残念ですが、仕方ないですわねぇ」
何度もクリエをチラチラと見ながら、リゼは三人に告げる。
やがて、クリエを守っていたミヨンとウィルは、クリエを無言でリゼに差し出した。
勝ち誇った顔でクリエを受け取ると、再び抱きしめる。
「それでリゼ。僕には何をくれるの?」
リゼの顔を見上げてクリエが言った。
「勿論、クリエ様の目の前にあるこの、わ・た・く・し♪」
満面の笑顔で答える。
クリエは微笑みながらヨシヨシといった感じで、少し背伸びをしてリゼの頭を撫でた。
一連の流れは、たまに会うリゼとのちょっとしたコミュニケーションになっている。
なんだかんだ言っても、リゼは皆の仲間であり、リゼのおかげで金銭的に助かっているのは事実だった。
この馬鹿騒ぎも普段一緒に居られないリゼに対する愛情でもある。
そしてリゼとのやり取りも一段落した時、外から静香を呼ぶ声が聞こえ、鬼族の男性が一人、慌てて宿に入って来た。
「し、静香さん大変だ! 村の外れから魔物の集団がこっちへ向かって来てる!」
温泉村周辺を見回っていた男性が慌てて告げる。
その声にクリエたち全員が一瞬で表情を変えた。
「女将さん、他の人の安全確保はどうなってるのかな?」
クリエが静香に魔物が来た際の対処を聞く。
「一応騎士団の方が数名いらっしゃるので、その方々にお任せしています。他の方々の避難場所はこの宿になっています。本当に危ない場合はすぐ村から去る事に」
「そっか……ミヨン」
「この戦力なら騎士団の力はいらないだろう。女将さん、私たち以外は全員宿に集めて、騎士団の連中には村の周囲だけ守る様に言ってくれ。魔物は私たちだけで対処する。リゼも来てもらうぞ」
「勿論ですわ。あと、わたくしの護衛にもここを守る様に言いつけましょう」
リゼが近くの護衛を手で呼ぶと、指示を出していた。
「いいのか?」
「帰って来る場所がなくなると困りますしね。それに、いくら周囲に防壁があるとはいえ、保険は多い方がいいでしょう」
「助かる。よし、じゃあ私たちはとっとと魔物を倒しに行くぞ。女将さんは急いで皆をここに」
「わ、分かりました。合図を出しますね」
そういうと静香は大きな音の鐘を鳴らす。
村の中に居た人たちが宿に集まり、全員が居る事を静香が確認し終えると、火山の問題よりもまず先に魔物の対処にクリエたちは向かった。




