1 ようこそ、温泉村へ
風呂から出た四人は服を着ると、それぞれ冷蔵庫で冷えた牛乳を腰に手を当てて飲んでいた。
大きな店や貴族の家には食品などを保管する、ドワーフ製の冷蔵庫や冷凍庫があり、エルフの国でしか取れない「エルフウッド」というマジックアイテムを原動力に使用する。
世界樹という魔力の循環を司る物がエルフの国には存在し、その樹が産む魔法の種子から育つ木を伐採、加工する。
豊潤な魔力を含んだ木片をエネルギーとして、単純な魔法を発動させる事が可能になっていた。
比較的に値段が高価であるため、一般家庭には小型の冷蔵庫など小さい物が主になっている。
また魔力が切れればエルフウッドを買い直すか、同じエルフウッドから魔力を供給しなければならないので、継続的にお金は掛かるのだが、魔力消費を抑えれば数年は使い続ける事が出来た。
「っぷはぁ~! この時ばかりはお酒よりも美味しいわね!」
赤髪の長髪に赤い瞳。
暗めの赤色をしたアオザイのような服を着ているアニスが、片手を腰に置き、大人の手のひらサイズのビンに入っている牛乳を一気に飲み干した。
他の三人も満足げな表情で飲み干すと、空き瓶を回収箱に入れる。
「しかし、なぜ今回はこのような依頼を受けたのですか? あ、口に牛乳が付いてますよ」
金髪の短髪、長身で整った顔に白のシャツとスーツのズボンを履いた執事のような男性。
ウィルがクリエの口の周りについた牛乳を、ティッシュで優しく綺麗に拭いていく。
「ん? それはね……」
少し口ごもりながら、クリエはウィルに口の周りを拭かれるがままにされていた。
黒髪短髪の白と黒の混じった服を着ている、12歳くらいに見える少年が世界の創造主だった。
仲間もその事実は知らず、大事にならないように世界神の一人だとしかクリエは教えていない。
「クリエが言い淀むなんて珍しいな。なんかやましい事であるのか?」
銀髪セミロングで、水色の服を着た女性。ミヨンがクリエの頬をツンツンと突く。
服にはフリル、スカートにはリボンなど可愛い装飾がされていた。
言葉を待つように、三人がクリエを見つめる。
そんなクリエはどこか恥ずかしそうに頬を人差し指で掻いた。
「たまには皆とゆっくり温泉でも入りたいなって思ったから。駄目だよね、仕事なのにこんな事言って。付き合わせてごめんね」
どこか申し訳なさそうに言う。
三人は暫く無言になると、そのままクリエを中心にしてそっと抱きしめる。
「このウィル、クリエ様のお心遣いに感動しました。何度でも温泉に入りましょう」
「そうよ、次は一緒に入ろうね。邪魔な敷居は壊した後、私が身体を使って全身くまなく洗ってあげるから」
「やめろ、逆に汚れる。クリエは私が頭の先から足の先まで綺麗に洗ってマッサージもしてやる」
少々不穏当な発言もあるが、今日もクリエは力を分け与え、使徒となった三人に愛されていた。
「おやおや、クリエ様は皆様に愛されておられるのですね」
不意に声が聞こえて三人がクリエから離れて振り向くと、そこには笑顔を見せている、ここの温泉宿の女将が居た。
黒髪の短髪に着物を着ており30代くらいに見える。
しかしもっとも目を引くのは頭にある二本の黒い角だった。
独自の文化を形成している「瑞穂の国 (みずほのくに)」という場所に住む鬼族で、人間族と一緒に暮らしている場所になる。
それらは「和式」と呼ばれ、他にも文化事区別されているが、大体は「洋式」と呼ばれていた。
この宿にある饅頭やお茶、米を使った白米に米酒は、その国からもたらされた文化の一つであり、今では世界の様々な所にあった。
「女将さん、気持ちの良い温泉だったよ。本来なら宿を閉めるに、わざわざありがとう」
「いえいえ、私たちの出した無茶な依頼を受けて下さったのですから、もてなす事は当然の事です」
笑顔で言うクリエに、温泉宿を切り盛りする女将「静香 (しずか)・エバンス」は丁寧にお辞儀をする。
元々は瑞穂の国で住んで居たが、ある時、夫が瑞穂の国に温泉宿の修行に来た。
その時に知り合い結婚。結婚後、ここにある夫家族の温泉宿で一緒に働き始めた。
夫はすでに老衰で亡くなり、静香が女将として家族や従業員と一緒に宿を切り盛りしている。
静香と夫、鬼族と人間族は比較的仲が良い事もあり、この温泉村にも鬼族が多く住んでいた。
なお鬼族は長寿であり、見た目とは違って年齢はすでに100歳近い。
「確かに無茶と言えばそうよね。火山の噴火を止めてほしいなんて」
アニスが受けた依頼を思い出す。
普通に考えれば自然現象であり、誰もが断るような内容だった。
「はい、それは分かっているんですが。自然現象かどうかも含めて調べてほしいと思いまして。噴火まであまり時間はないと思うのですが」
申し訳なさそうに静香が言う。クリエは依頼内容を確認した。
依頼は女将の個人名ではなく、温泉村自体から出てあり、その担当を静香が請け負っていた。
噴火の危険に伴い、火山周辺にある村全ての住人のほとんどは避難しており、村に残っているのは村人の警護をする騎士団員と、クリエたちに協力する村人数人程度しかいない。
「一週間ほど前から急に火山活動が活発になったんだよね?」
「はい、今までもたまに少しくらい地震はあったのですが、今回のように噴火まではなかったんです」
「確か火山が活発になる前に、冒険者が来たとか?」
「冒険者さんのせいかどうかは分かりませんが、なんでも火山の火口付近で大きな魔物を溶岩にぶちこんで退治したと。特に依頼も出していないのに報告に来られたんです」
「依頼も無いのに魔物退治とか、余程の馬鹿かも知れないな」
ミヨンが呆れ気味に言う。魔物退治は基本命がけであり、慈善でする事はほとんどいない。
「まぁ、平和になる事はありがたいので良いのですが、それから普段村には来ない魔物が現れたり、火山が噴火しそうなったりと大変で」
「騎士団が調べに来たと思うが?」
「騎士団と学者の方は、その冒険者の件との因果関係は不明だと。ただ、このままでは近々噴火するのは間違いないとの事なので、国から避難命令が出ました」
「それで慌てて依頼を出したんだな?」
「噴火が自然現象なら諦めますが、もし原因が他なら防げるのではと藁にもすがる思いで。ここには主人との思い出が多くありますから」
物悲しげな表情に静香がなる。恐らくそれは静香だけでなく、村人全てに言える事だった。
仮に噴火して収まっても火山灰の問題や、再び噴火する事も考えられ、ここは人が住めない場所になる事は明白であり、クリエたちもなんとかしてあげたいと思っていた。
「思い出の場所が無くなるのは辛いからね。僕たちでどこまで出来るのか分からないけど、頑張ってみるよ」
静香の不安を和らげるようにクリエが言うと、ミヨンたち三人も頷く。
「ありがとうございます。お礼に出来る限りのおもてなしをさせていただきますので」
クリエの気持ちを汲み取り、静香が穏やかに微笑みながら頭を下げた。
その時、
「どなたかいらっしゃいませんかー? ここにクリエ様がいらっしゃると聞いたのですが。誰かいらっしゃいませんかー?」
宿の玄関口で女性の声が聞こえた。
それに静香が困惑した表情で反応する。
「あら? お客様かしら? ここは避難命令が出ているのに……」
本来なら避難命令が出ているので人が訪ねて来る事はほぼ無い。
クリエたちは仕事であり、あくまで自己責任になる。
そしてその声を聞いた時、クリエを除くミヨンたち三人が露骨に嫌な顔をした。
「ねぇ……今の声。聞き覚えがない?」
「恐らくですが、彼女ではないでしょうか」
「アイツがわざわざここまで来たのか? あのストーカー女め」
ミヨンたちの言葉に静香が不思議そうな顔をし、クリエは軽く息を吐く。
「僕たちの知り合いかも知れないので、一緒に行ってもいいかな?」
クリエに言われ、静香は皆を連れて宿の玄関へと向かった。




