11 宝箱を開けた。それはミミックだった。
豪商の屋敷は中心街とは少し離れた場所にあった。
広い庭には綺麗な花が整理されて植えられ、噴水やテーブルにベンチが置かれている。
屋敷自体も大きく装飾も豪華であり、豪商という雰囲気が屋敷全体から溢れていた。
その少し離れた場所でクリエたち四人がおり、一緒に居る所を見られると怪しまれるので、ドレイクとニールは別の場所で待機していた。
「じゃあ、行ってくる」
荷馬車のある御者席 (ぎょしゃせき)に居るのは、ミヨンに食われた金髪の冒険者だった。
すでに擬態しており、姿から声や癖まで本人と変わらない。
そして、荷物などを置くワゴンには何もなく空だった。
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クリエたちに見送られ、ミヨンは荷馬車を豪商の屋敷へ移動させていく。
すでにこの冒険者が顔パスである事は記憶から読みっていた。
屋敷の裏手にある少し開けた場所に荷馬車を止めると、裏口を数回ノックする。
見知った顔のメイドが現れた。
「これはいつもお世話になっております。こんな夜分にどうされました?」
「いつも儲けさせてもらってるんでね。そのちょっとしたお礼を持ってきたんだ。あの人は確か居るよな? 渡してくれないか? 部屋にでも届ければ喜ぶと思うぜ」
「それはそれは。あの方もお喜びになると思います」
「あ、ちょっと重い宝箱でね。一人じゃ無理だろうから誰か人を呼ぶといい。俺は先に帰るよ。この後、友人と酒を飲む約束でさ」
「分かりました。必ずお部屋に届けますね」
メイドは人を呼びに屋敷の中へ入って行く。
それを見届けたミヨンは何も置かれていないワゴンへ急いでいくと、鉄製の簡素な宝箱に姿を変えた。
ミヨンは木製から鉄製、または豪華な装飾がある宝箱など、多種多様な形へ変化する事が出来る。
やがて数人の使用人が来て、ミヨンが擬態した宝箱を豪商の部屋へと運んで行く。
顎鬚を生やし、身綺麗な格好をしている太った豪商は、宝箱を見ると使用人たちを引き下がらせた。
「冒険者風情が良く分かっているじゃないか。重いという話だったしな、これは期待できそうだ」
舌なめずりをしながら、豪商は宝箱に手を掛けると、ゆっくりと開けその中身を確認した。
「……ん? なんだこれは、真っ暗で何も見えな」
と、覗き込んだ瞬間、二本の大きな腕が宝箱の左右から生え、豪商を掴む。
そして開いた部分が大きな獣の口に代わると、一瞬で豪商を飲み込んだ。
音を鳴らさないように、そっと嚙み砕いて行き、やがていつものミヨンの姿に戻った。
「……なるほど、証拠はここにありそうだな。こうすればっと」
食べた豪商の記憶を読み取り、本棚から数本の本を決まった順番で取り出す。
一つの本棚からカチッという音がなり、その裏には隠し部屋があった。
隠し部屋にはベイルとの証拠だけでなく、密輸品の買い取り手など様々な不正の証拠書類があった。
豪商が普段使っているカバンに、書類を全て詰めて行く。
「こんなもんか。そろそろ戻るかな」
ミヨンは豪商の姿に擬態すると、近くのテーブルにある金貨を袋に詰め、部屋から出て行く。
「あ、旦那様。何か良い物は入っていましたか?」
玄関へ向かう途中、一人の若いメイドと出会う。ミヨンの事には全く気付いてないようだった。
「とても良い物だったよ。気分がいいから私はこれから夜通し飲みに行こうと思っている。帰りは明日になるだろう」
「そうですか、それは楽しんで下さい」
「これは、あの重い箱を運んだボーナスだ。他の者にも分けてやれ」
豪商、もといミヨンは金貨が入っている袋を渡すと、高笑いをして堂々と正面玄関から外へ出た。
そしてそのまま他の皆と合流する。
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「ほら、証拠だ」
ドレイクたちと会う前に擬態を解いたミヨンが、不正の証拠書類をニールに渡した。
「ありがとうございます。潜入は大変だったでしょう」
「ん? いや、慣れているからな。楽勝だったよ」
ミヨンもウィルも得意不得意はあるが、索敵潜入は得意の部類だった。
ミヨンから手渡された書類に目を通してく。ニールの顔色がみるみるうちに悪くなった。
やがて資料をドレイクに渡したが、ドレイクも読んでいくうちに顔を歪めていく。
「父上はなぜここまでの不正を……」
使徒の子供だけなく、神狼の森から密かに動物を狩り、それを密輸している証拠があった。
ただ、売り手は国内の王都だけに限定されており、情報漏洩を考えて顧客を絞っている。
そして売っている相手は上級貴族だけだった。
「豪商から盗み聞いた (読み取った)が、どうやら王都に戻りたかったようだな。そのための賄賂だ」
「しかし、レムル様との関係がある以上、領主である父上がここを離れる事は難しいでしょう」
「ここは王国にとって世界神と近い場所に位置する要所。普通なら離れられないが、何らかの理由で居られなくなるなら別だな」
「もしレムル様と密接な領地を失えば、様々な不利益があると言うのにですか?」
「そんな事は関係がない。あいつはただ、王都の煌びやかな生活が欲しかっただけだよ」
呆れた様子でニールが首を振る。書類を読み終えたドレイクが口を開いた。
「恐らくですが。レムル様と距離を取り、それを向こうや、こちらの誰かのせいにし、ここの領地として価値が下がれば居る理由もなくなる。後は王都へ来やすくするために、賄賂を受け取った貴族たちが陛下に進言する。そんなとこでしょう。正直……国家反逆罪ですよこれは」
ドレイクの言葉聞き、ウィルが整理しながら話す。
「でもそこで問題が起きました。使徒の子供を狩り、バレないと思っていたがバレてしまった。さらに私たちが来た事で、隠蔽や捏造がしにくくなり計画を一旦止める羽目になりました。そしてその罪をスラム街に着せる事にした」
考えれば考えるほど、破滅願望でもあるかと思える行動だった。
「それでこれからどうするのかな?」
クリエがニールに聞いた。
「……ドレイク、この書類を陛下に持って行き、爵位の剥奪をお願いしてほしい。この領地を父上の好きにさせる事は許せない」
「それは彼本人だけではなく、家族であるニール様にも何らかの責任が行く事になりますが?」
「そんな事を言っている場合ではない。それに、ここで何もしなかったら、私は亡くなった母上に顔向けが出来ない」
「そうですか……ただ、ニール様は何も知らなかった。出来る限りの事は、私からも陛下に進言してみましょう」
「すまない」
「ところで、時間は間に合うのかしら?」
話が纏まった所で、アニスが頬に手を当てて言った。
「ここから王都って馬車で飛ばしても三日ほどで往復六日。さらに書類を渡してから話し合いなども起きるから……レムル様の言った期限に間に合わないんじゃない?」
レムルが言った期限は一週間。すでに今日で一日が経っていた。
アニスの話を聞いたドレイクが難しい顔をする。
「それでもやるしかありませんな。専用の移動用飛竜もありますが、さすがに用意するのに時間がかかる。クリエ様、なんとか日を少しだけ伸ばしていただけるよう、レムル様を説得していただけませんか?」
クリエが首を横に振る。
「あの子にも立場があるからね。言った以上は守らないといけない」
「そうですか。そう美味しい話は転がってはいませんな……」
ドレイクが諦めかけた時にクリエが続けて言った。
「でも、ドレイクが僕の頼みを聞いてくれるなら、何とかしてもいいよ」
「それは何でしょうか?」
「耳を貸して」
クリエがドレイクに近づくと何やら耳打ちを始める。
「え? そんな事を……?」
「今の話を陛下に伝えるのが条件だよ。どうする?」
「こっちは願ってもない。そんな事まで……」
「別に君たちの為じゃない。可愛い我が子の為だからね」
「?」
「さて、じゃあ飛竜を呼ぶから行き帰りに使うといいよ。あ、飛竜はお肉が好きだから、褒美にあげてね」
そう言うと、クリエは小さな光を上空に放った。
それは蛍のように小さいく弱い光だったが、光が消えるとほぼ同時に、上空から巨大な飛行物体が人が住んでいない、離れた場所に着地する。
「あそこに飛竜を置いたから、いつでもどうぞ」
「……三日です。必ず三日後に帰って来ます。あと、ハルミトン公爵閣下と酒場周辺には部下で監視させます。他の者もクリエ様の宿屋に数人待機させますので、必要なら宿屋の主人に言って下さい」
ドレイクはクリエを見つめると跪く。
「本当にありがとうございます、クリエ様。貴方は……貴方様は噂とは全く違うお方でした」
ドレイクの姿が闇夜に音も無く消えた。
暫くすると、クリエの呼んだ飛竜が、鳴き声を上げて夜空を優雅に飛んでいく。
「じゃあ三日ほどゆっくり待とうか。ニール」
「え? あ、はい。なんでしょうか?」
「ドレイクが帰ってくるまで暇だし、せっかくだからここの良い所をいろいろ案内してほしいな」
「しかし私は罰を待つ身で……」
「ここが好きな君に案内して欲しいんだ、駄目かな}
優しく微笑むクリエに、ニールは少し悩んだ後、力強く頷く。
そんな二人のやり取りを、ミヨンたち三人は穏やな表情で見つめていた。




