10 腐った真実
スラム街の酒場の前でドレイクとニールを待つ間、酒場のガレキを片付ける事になった。
最初にミヨンとアニスがわざわざ手で片づけをしていたのは、関係者を呼ぶための時間稼ぎであり、ミヨンが両腕を大きな口に変えると、次々と石材や木材を口に入れて綺麗に掃除する。
途中、ガレキに埋もれていた酒場の主人の死体もあったが、邪魔なのでそれも一緒に掃除をした。
「ん、ここの主人もあの冒険者たちを雇った豪商の仲間だったみたいだな」
「そうなんだ? じゃあこの酒場自体、豪商が裏で経営してたって事になるのね」
ミヨンが酒場の主人の記憶を読み、頷きながらテキパキ片付けて行くと、あっと言う間に更地になる。
更地のある部分には、地下倉庫へ続く扉があった。
目的の物を見つけた時に、丁度ドレイクとニールがやって来る。
「お待たせしました皆さん。いやぁ、これは綺麗に片付いてますな」
「あれだけのガレキがこんな短時間で? 一体どんな魔法を使ったんですか?」
「まぁまぁニール様。神の力って事にしておきましょうよ」
ドレイクが細かい事は話さずにフォローする。
すでにニールにはドレイクも自分の身分を明かしていた。
この酒場はスラム街に昔からある憩いの場で、二年前に主人が変わった場所だった。
前の主人は高値で誰かが買い取り、それを元に家族とスラム街から出て行ったと、ニールはクリエたちに話す。
「この地下にレムル様が復讐と言った証拠があると言うのは本当なんですか?」
ニールがクリエたちに聞きき、ミヨンが答えた。
「いや、証拠というよりは、何をやったかだな。その証拠は恐らくまだこの中にあるはずだ」
地下倉庫へ続く扉へミヨンが手を掛けた時、大きな溜息を吐く。
「……匂いがきついだろうから覚悟しておくように」
注意を言い扉を開けると、腐臭と血の匂いにが辺りに立ち込める。
ドレイクとニールは不快な表情になった。血に慣れているアニスでさえ一瞬表情を歪ませる。
人の血ではなく、それは獣独特の匂いだった。
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魔法で明かりを灯し、地下へ降りて行くと、そこには無残に放置されている獣の骨や肉片、皮などがある。
周囲を見てニールが呟いた。
「これは……狩った獣の加工場?」
「そうだ、冒険者やここの主人は、密かに狩った獣をここで商品に加工し、豪商が密輸で売りさばいていた」
現場を見つつ、ミヨンが手に入れた記憶を元に説明をする。
「そんな事が……」
「言っておくが、スラム街の住人は知らない。知っているのは豪商と関係のある者だけだ」
「それは良かった。少なくてもこれでスラム街は無実だと言える」
「だが、問題はそこじゃない……本命はアレだ」
ミヨンが加工場と化している地下倉庫の一角にある、厳重な檻を指差す。
全員で檻に近づくと、それはただの檻ではなく、何重にも魔法的な結界が張られた一種の牢獄だった。
クリエが血の跡しかない、空の檻の中へ入ると、床に落ちている抜け落ちた獣の毛を手に取る。
その毛は、白と黒が混じっており、わずかに魔力もまだ残っていた。
「ああ、そうか。これはレムルも怒るね」
そう言うと、その数本の毛をニールに渡す。
「これが何か分かるかい?」
「動物の毛ですが……わずかに魔力を感じます。しかしこの毛色はまさか?」
「そう、レムルの使徒の毛だね」
「! ま、待って下さい。レムル様の使徒である二体は今も健在ですよ? だったらこれは……っ」
そこでニールは気が付いた。二体の使徒の間には子供が居た事を……。
ニールの血の気が一気に引き、ふらつくと壁にもたれた。
「まさか……そんなまさか。これは使徒の子供の?」
「そうだ。冒険者たちは使徒の子供を捕まえて……ここで解体した。商品としてな」
信じられない事実に、全員が何も言えず居た。
何もしてない使徒に手を出す事は、神への冒涜に等しい行為になる。
暫くその場で調べたが書類など決定的な証拠はなく、何よりも気分が悪いため全員が外へ出る事になった。
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息を吐く度に、身体の中にある腐った匂いが消えて行く気がし、外の澄んだ空気は、いつもの何倍も美味しく感じられた。
「あー、空気が美味しい。今ならこの空気をツマミにお酒が飲めるわ」
「でしたらこれからのツマミは空気だけでいいですね。ダイエットにもいいですよ」
「私は痩せても、お腹ばっかりで胸は痩せないのよね」
「お前はさっきの場所で加工されたいらしいな」
気分を変える様に、アニスたち三人が軽口を叩く。
「しかし、レムル様はなぜこの事を知る事が?」
疑問をドレイクが口にし、クリエが答えた。
「使徒の事は離れてても分かるんだよ。流石に細かく何をしているかまでは無理だけど、生きてるか死んでるかくらいはね」
「では使徒の子供もですか?」
「子供も使徒の特性を少しは受け継いでいるからね。レムルは使徒の子供の魔力を追ったんだろう。この酒場に連れられて消えた。その後、毛皮などに残った魔力だけが移動したから、それで知ったんだと思う」
「なるほど。だから殺された事は知ったが、犯人……元凶までは分からなかったという事ですな」
「冒険者の事が分かったのは、使徒の子供の魔力が強く身体に残っていたんだと思うよ」
話を聞くだけで気が重くなるような内容だった。
ずっと無言で黙っていたニールが重い口を開く。
「ドレイク、今すぐこの事を陛下に報告してほしい。父上は罰を受けなければならない。私も……知らなかったとはいえ、無事では済まないだろうけど」
「それは出来ませんな」
ドレイクが即否定した。
「なぜだ! これだけの証拠があるではないか!!」
「状況証拠だけです。報告してもハルミトン公爵閣下なら、自分は知らなかったと白を切るか、豪商辺りに罪を着せて終わらせるでしょう。欲しいのは書類などの確実な証拠です……そうですね、クリエ様?」
「そうだね。でも、僕の仕事に関係があるのかな?」
「無理を承知でもう一度お願いします。どうか、お力を貸してはいただけませんか?」
頭を深く下げるドレイクに、クリエは微笑んで答えた。
「今のは少し意地悪だったかな。確かに僕たちの受けた仕事は『元凶は誰か』を調べる事、ベイルもそうなら調べないとね。それで君の思惑通りになる、そうだよね? 依頼人さん。いや、レムルもかな」
クリエの言葉にドレイクは苦笑した。
「やはりまぁ、バレますよね。そうです、私が最初にレムル様と謁見した際、レムル様から今回の依頼を指示され、クリエ様を指定するように言われました。しかしいつ、私が依頼人だと分かりました?」
「最初会った時に。ドレイクも気付いたでしょ? うっかり青い封筒の発言は失敗したと」
「ははは……いやぁ、あれは私も驚きましたよ。確かに私は青い封筒に入れたのに、クリエ様たちが持っていたのは赤い封筒でしたからな。何も言われなかったので、スルーしていたんですが」
「ノルエステに来た封筒は確かに青色だったんだ。でもどこかのお酒好きが、うっかり封筒だけを汚しちゃってね。それで入れ替えたんだ」
そのどこかのお酒好き、アニスは何事もなかったように夜空を見上げていた。
「それにベイルと会った時も、わざわざスラムの住人か騎士団ではなく『元凶』という部分を強調して言ってたしね。あの時に、結局は最後まで付き合う事になるって思ってたから」
「あれは少々露骨でしたな。ですがレムル様から時間制限を言われた時、もう手段を選ぶ時間がなったもので」
「だったら、僕に全部話してもよかったよね? でも話さなかった」
「それは……」
「僕がどんな神が知らないから、噂通りなら当てに出来ないと思っていたからかな?」
「その通りです。本当に申し訳ありません。例えレムル様からの要望でも、私自身が確かめたかった。お気に召さないのであれば、いつでもこの首を差し出します」
真摯なドレイクの瞳がクリエを見つめていた。
「いらないよ。知らないって事はそういう事だから。僕の事は今回の件で知ってくれればいいから……さて、ミヨン。策は勿論あるよね?」
「問題ない。冒険者たちの情報で、そういった書類は全部豪商が管理している事が分かった。細かい場所までは分からないが、それもすぐ分かる。ドレイク、今すぐ荷馬車を一台用意してくれ。それだけでいい」
「承知しました。すぐに用意致しましょう」
「ニール、お前はこのまま私たちと一緒に居ろ。書類をお前も確認するんだ……いいな?」
「はい、私も本当の事を知りたい。いえ、知らなければならないでしょう」
ニールが力強く頷く。
ドレイクは荷馬車を用意しに向かい、クリエたちは豪商が住む屋敷へと向かった。




