7 使徒「アニス・ノウェム」
スラム街で起きた騎士団との騒動が終わった日の夜。
ミヨンとアニスはスラム街にある、未だガレキの山となっている酒場に来ていた。
ガレキを前にアニスが溜息を吐く。
「これを今から二人で片付けるってちょっと面倒じゃないかしら?」
「ブツブツ言うな。サボったらお酒のお金減らすぞ? それに……バカが釣れるかもしれん」
「だとしたら、それで今回の案件は終わりでいいんだけどねぇ」
二人はガレキを一つ一つ手で丁寧に片付けていた。
周囲にいつもいる騎士団はニールの命令で今晩だけいない。
またスラム街の住人には騒ぎのお詫びとして、ドレイクが中心街で美味しい物を振舞い、誰もいなかった。
もっともさっきの騒ぎはドレイクのせいではないが、公費で出して自分もタダ飯を食うと喜んでいた。
そしてドレイクにはもう一つ頼んでいる事があり、クリエたちにとってはそれが本命なのだが……。
「お嬢さんたち、こんな夜更けにこんな場所で何をしてるんだ?」
ガレキを片付けていると、二人は不意に声を掛けられた。
振り返ると、そこには黒髪と金髪の二人の若い男性が立っている。
鎧に剣を携えているが、騎士団のような立派な物ではなく、風貌から冒険者の姿に見えた。
「バカが釣れたようだな……」
ミヨンが男性二人に聞こえないように呟き、アニスが小さく笑う。
男性二人にアニスが声を掛けた。
「見ての通り、片付けよ。ここを調べたいからどうしてもってね。男連中は別の場所で仕事。こういうのは男がするべきだと思わない?」
「そりゃ酷い。だったらそんな事止めて一杯どうだい? 奢るぜ」
「そうしたいけど、仕事だからねぇ。サボルと怖いの、あの神様。ま、さっさと調べれば終わる事だし、なんなんら手伝ってくれる?」
「……そうしたいんだが、ちょっとばかし調べられると困るんでな」
男性二人が剣を抜くと、アニスとミヨンに向ける。
「昼間の騒動は見ていた。使徒だけあって、大した魔力だが……タイマンなら勝てる見込みはある。流石にあの子供の神がいちゃあ、無理だがな」
「……ここには知られたくない物があるってわけね。あんたらが、頭の足らないバカで助かったわ」
「なんだと!」
「どうせ噂を聞いたんでしょ? 今晩、ノルエステが酒場を徹底的調べるって」
ミヨンがドレイクに頼んだのは、酒場を調べる噂を広める事と、戦闘が起きた際、スラムの住人に被害が出ないように、お詫びの食事に誘って避難させる事だった。
酒場は事件からずっと手が付かず、さらに騎士団が24時間で監視しており、何か証拠が残されていれば、今しか隠滅するチャンスは無い。
このチャンスを関係者が見逃すとは思えなかった。
そして、冒険者が二人、餌に掛かる。
「なるほど、罠だったか。だがまぁ、お前らを始末して証拠を消せばそれで終わり。むしろこっちにとって都合が良い。戦力を分けた事を後悔するんだな!」
男たちの殺気と魔力が高まる。ランクBの冒険者は「そこそこ強い」だった。
弱いわけでもなく、とてつもなく強くはないが、それなりに生死の場数を踏んでいるため、下手な実戦経験の無い騎士団よりは強い。
油断や隙は命取りになる相手ではあった……普通なら。
「アニス、私は休憩する。肉体労働は好かん。一応一人は生かしておけ。後は好きにしていい」
ミヨンが近くのガレキに腰を下ろしながら言った。
「私にだけ働かせるの? ちょっと不公平じゃない?」
「……この仕事が終わったら、ちょっといい酒をボトル一本。それでどうだ?」
「オッケー。そう言う事は先に言ってよ。ついでにツマミもよろしくね」
「はいはい、分かったよ」
「て、てめぇら無視してんじゃねよ! おい、お前は手を出すな、こいつは俺がヤる! 使徒を殺せば箔が付くってもんだからなぁ!!」
黒髪の冒険者が声を上げた。
同時に魔力が高まり、握っている剣と身体が白く発光する魔力に包まれる。
魔力の色は人や種族によってそれぞれ違うが、身体能力を上げる肉体強化と、剣に魔力をコーティングした事により、切れ味が増す魔法だった。
「いつでもいいわよ。ただし……後悔はしないでね?」
アニスがいつでもどうぞと、武器を構える事もせず両手を広げた。
「舐めるんじゃねぇ!!」
黒髪の冒険者の姿が一瞬で消え、高速移動しながらアニスとの距離を詰める。
フェイントを織り交ぜ、腹部に目掛け剣を突き刺して来た。
そして、その剣はあっさりとアニスの腹部を貫く。
「っ!」
一瞬、痛みから声にならない悲鳴をアニスが上げた。刺された腹部から血が溢れて流れる。
一方の黒髪の男は勝ち誇った顔になった。
「はっ! 使徒ってこんなものか。ビビッて損したじゃねぇか。まだそこらへんの魔物の方が強いんじゃねぇの?」
確実に急所を刺し、流れ出ている血の量から死は免れない事を黒髪の男は知っていた。
「興覚めだな。さっさともう一人も始末するか……ん?」
と、男が剣を抜こうとしたが抜けない。さらに、剣を持っている男の手をアニスが掴んだ。
「嘘だろ、急所だぞ? それにこの血の量で生きてるはずが……ひぃ!」
その時、異変に気付く。血の量が明らかに多かった。
刺さっている腹部から、血が溢れて止まらず、さらに地面に染みるのではなく、その場に溜まり続けて、くるぶしほどの高さで止まっている。
「ねぇ、なぜ私が血の狂戦士って呼ばれいたか知ってる?」
アニスが顔を上げると、恐怖に怯えている黒髪の男性の顔を見つめた。
「血は私の命なの……くそったれな研究成果で生まれた魔法のおかげでね!」
溜まっていた血の一部が、宙に浮くとそれぞれ剣や刀、ナイフに槍と次々に武具の形状へと変わる。
やがてそれは透き通る赤い結晶の鋭い刃に変わり、男の周囲を取り囲んだ。
男は逃げようとするが、完全に腕を掴まれ、地面に残っている血が一瞬で結晶化すると、足元を固めて身動きをさせなくする。
「見て、この血を、赤い結晶を……素敵でしょう?」
うっとりと恍惚とした表情のアニスが居た。赤い瞳が、妖艶にさらに赤く輝く。
「ただの血じゃないの。これはあの方と混じりあった愛……私とあの方だけの愛の結晶」
アニスは空いている左手で浮いている透き通る赤い結晶の武器を、愛おしそうになぞる。
「濃密で……甘く、苦く。私を逃さないように、ねっとり纏わりつき。熱くて重くて……そして、どこか寂しい味」
「ひっ……ば、化け物。正真正銘のモンスターじゃないか」
「貴方は好みじゃないけど……貰ってあげるわ。一滴残らず全ての血を」
「っ!」
ニッコリと優しい微笑みをアニスが浮かべると、赤く結晶で作成された武器の数々が男を貫いた。
アニスが男の剣を腹部から引き抜くと、さらに激しい血しぶきが舞うが、それは意志があるようにアニスの右手集まり、一本の赤い結晶の剣になる。
「さて、貴方の血はどんな味かしらね」
アニスの剣が男の腹部を貫く……。
次の瞬間、男の身体がビクっと跳ねると、半透明な色をしていた結晶の剣が、みるみる真っ赤に染まっていった。
やがて、血のように赤くなった結晶の剣を引き抜くと、周辺にあった全ての武器が、血に戻り、アニスの身体に吸収されていく。
男の亡骸が小さな音を立てて地面に崩れ落ち、その姿はまるでミイラのように干からびていた。
アニス・ノウェム……または、血の狂戦士が彼女の名前だった。
彼女がいた戦場には、いくつものミイラ化した死体が発見され、その異様な光景に恐怖が広がる。
他者の血を魔力に変えて吸収し、それを蓄える事でさらに強くなる性質を持っていた。
血のように見えるのは、全て魔法の一種であり、あらゆる形にして結晶化させて使用する。
その血は同時に強力な治癒力を持ち、簡単に死ぬ事を許さない呪いでもあった。
ただ戦争中に数体造られた実験体には、それぞれあるギミックが仕掛けられている。
アニスの場合は、新しい血を搾取し続けなければ、自動的に死ぬ。使い捨ての駒に相応しい制約だった。
戦争中は良いが、平和になればそう簡単に人のように魔力が高い生命を殺し続ける事は出来ない。
平和な世界で無闇に殺せば、目を付けられ命を狙われる……クソみたいな人生がアニスの一生だった。
そんな理不尽な死に自暴自棄になるが、その時クリエに出会い、神の力を授かり使徒となる。
新しい血を搾取しなくても死ななくなり、同時に歳を取る事がなくなった。その為、実年齢はもっと高い。
そして助けてもらった事もあり、クリエに全身全霊の濃密な愛を向けていた。
「薄い味ね。さて、あとは貴方だけ……」
つまらなそうに吐き捨てると、冷淡な赤い瞳がミイラ化している死体を一瞥し、もう一人の金髪の男性冒険者に向けた。
金髪の男は完全に戦意喪失し、尻もちをついた状態で震えている。
アニスが一歩近づくにつれて後ろに下がるが、その時背後で何かに当たった。
「あ……」
「逃げてもいいとは、許可を出していないな」
男の背後には、いつの間にか立っているミヨンの姿がある。
そしてそれが、男にとって新しい絶望の始まりだった……。




