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初夜ははっきり言って失敗だった。何せリディアにはほぼ閨の知識がないのだ。
そんな事を考えながらふと寝返りを打つと、そこにはまだユリシスが眠っていた。その顔をじっと見つめていると、微かにユリシスのまつ毛が震える。
「あいっかわらず綺麗な顔ねぇ。肌だって白くてきめ細かくて……腹立たしい」
口を開けば嫌味ばかりだがユリシスは綺麗だ。思わず悪態をつくと、ふとユリシスの目が開いた。
「ん……? 早いですね。年寄りみたい」
「し、失礼な! あなたよりも大分若いわよ!」
「……そうでしたっけ? 同じぐらいじゃありませんでした?」
眠そうに欠伸を噛み殺しながらそんな事を言うユリシスにリディアは眉を吊り上げる。
「まだ18よ! あなたは24でしょ!? 6つも差があるわ!」
「そうでしたか? ……ああ、思い出しました。そう言えば君はよくお昼寝をしていておねしょを——」
「今すぐ忘れてちょうだい。同じぐらいだったって事にしておいてくれていいから」
リディアは急いでユリシスの口を塞ぐと、仰向けになって天井を見上げる。
「不思議よね。あのユリシスお兄ちゃんの所に嫁ぐ事になるなんて」
はるか昔、それこそまだユリシスに苦手意識を持っていなかった頃は、カイロスよりもユリシスの方が好きだった。恋心とかではなく、よく遊んでくれたからだ。あの頃のユリシスは優しかった……。
リディアはそんな事を思い出しながらぽつりと言うと、ユリシスが小さく笑う。
「そうですか? 私はそんなに意外でも無いですけどね」
「そうなの?」
「ええ。だって君じゃなければ姉上の方と結婚する羽目になっていたでしょうから。近隣国に姫が居るのはアルヴェルだけでしょう?」
「そっか。姉さまと結婚したかった?」
「いいえ、全く。それなら君の方が断然良い」
真顔でそんな事を言うユリシスを意外に思っていると、ユリシスがふとこちらを見て言う。
「まず私のタイプじゃないです」
「私だってタイプじゃないでしょ?」
「え?」
「え? って……え?」
何気なく尋ねた質問に珍しくユリシスの顔に怪訝な色が浮かんだ。
「好きですよ、私は君の顔」
「えっ!?」
「知りませんでした? 顔はタイプですよ、物凄く」
「そ、そうなの?」
そんな事は初めて知ったのだけれど? そう思って思わずユリシスを凝視すると、ユリシスもリディアをじっと見つめて不意に意地悪な笑みを浮かべた。
「顔はね」
「……ありがとう、わざわざ強調してくれて」
一瞬喜びかけた自分が馬鹿だった。そんな言葉を飲み込んでリディアは起き上がり大きく伸びをする。嫌いな相手の前では何も取り繕わなくても良いから楽だ。
「もう起きるのですか?」
「ええ。淑女の朝は早いのよ。これからお化粧をしてコルセットを締めてドレスを着て、髪を結わなければならないの」
「なるほど、大変ですねぇ。それではおやすみなさい」
「……おやすみ」
ユリシスもリディアを気遣う事なくもう一度眠り始めてしまう。やっぱり楽だ。
寝室を出たリディアが廊下を歩いていると、向かいからアーサーが歩いてくる。
「おはようございます、王妃」
「王妃?」
アーサーの言葉に思わずリディアが首を傾げると、アーサーはリディアのおでこを小さい頃のように指先で弾く。とても気安いアーサーだが、ユリシスと同様にアーサーもまた幼い頃からの顔見知りである。
「お前な、ユリシスはああ見えてうちの王様なんだよ。それと結婚したんだから王妃だろ?」
「ほ、本当だわ!」
嫌いな相手だという事ばかりに気を取られて、すっかりその事を忘れ去っていたリディアにアーサーは苦笑いを浮かべた。
「忘れんなよ。お前はもう王妃なんだからな? 公務に出る時はちゃんとそれらしくしてろよ?」
「そうよね。私がユリシスの株を落とす訳にはいかないものね」
個人的な感情でユリシスに勝手に敵対心を持って彼の王としての株を下げる訳にはいかない。