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それからあっという間に時は過ぎ、いよいよリディアが嫁いでくる事になったのだが、その時のリディアの顔を、ユリシスはきっと一生忘れないだろう。
「あんなにも不貞腐れた花嫁を見るのは初めてです」
花嫁の準備が終わるのを待っている間にアーサーに話しかけると、アーサーは苦い顔をして頷いた。
「ちょっと可哀想な気もするが、あのままアルヴェルに居るよりはマシかもな。大嫌いなお前に嫁いだ方が」
「そんなに酷かったのですか?」
「そりゃもう。城から出てくる時は誰も見送りに出て来ねぇし、城下街走ってる時なんか石投げられたぞ。今日も結局誰も来てないしな」
「これはまた、随分派手に嫌われましたね。一体何をしたのやら。今夜が楽しみです」
一体何がどうしてそんな事になったのか、この話をアルヴェルの現王に持ちかけた時、王は喜んでリディアを差し出してきた。そしてこちらの同盟を組みたいという交渉もすぐさま聞き入れたのだ。
リディアには姉がいる。本来ならその姉との結婚をユリシスに持ってくる予定だったらしいが、それは丁重に断ってリディアに結婚を申し入れた。
一応ユリシスにも人の心は残っているので、どうせ結婚するなら顔見知りの方が良い。
「それにしたってお前、どうしてあの話蹴ったんだ? 姉の方と結婚してたら、一気に国をデカくするチャンスだったのに」
リディアの姉は次期アルヴェルの女王だ。彼女と結婚すれば同盟国ではなく、そのまま合併する事になっただろう。そうすればユリシスの治めるセリオンも大国と呼ばれるぐらいにはなったかもしれないが、ユリシスはそれを断った。
「アルヴェルには特に何もありませんからね。資源も無ければ、財産も無い。ただ姫が二人居る。そのおかげでいつまでも中立国を貫けていていたのですよ。そのうちの一人が今回追放という重い処分を受けた。そんな国を貰い受けても困るだけです。それならば追放された姫を貰って手を組むぐらいが丁度良い」
「でもヴァルグレンにその話が流れたらどうするんだよ? ヴァルグレンとアルヴェルが合併なんかしたら、それこそ一大事だぞ?」
「そうはなりませんよ。ヴァルグレンの王が今の王のままであればね」
カイロスは良くも悪くも実直だ。駆け引きや取引が苦手な男だと、ユリシスはリディアからカイロスの話を聞いて推測している。そんな男に狡猾なヴァルグレンの王が安々と政権を渡すとは思えない。
そして王も分かっているはずだ。アルヴェルは決して豊かな国では無いという事を。手に入れても持て余す事が分かっているのに、カイロスと第一の姫との結婚など絶対に許さないだろう。
「そうかよ。相変わらずの自信だな。で、姫さんは準備出来たみたいだぞ。相変わらず美人だなぁ」
アーサーは窓の外を見て口笛を吹いた。それを聞いてユリシスも窓の外を眺めて目を細める。
「そりゃそうです。大陸一の美姫と言われるぐらいですからね。でも中身がねぇ」
あの顔に似合わずリディアはどこか抜けていてお人好しだ。だからいつも貧乏くじを引く可哀想なお姫様だった。
ユリシスは立ち上がってマントを翻すと、アーサーに向かって顎をしゃくる。それを見たアーサーはやれやれと言った様子でドアを開けてくれた。
結婚式は何の問題も無く終わり、いよいよ初夜だ。
ユリシスは部屋でリディアの為だけに用意した屋敷に向うための準備をしていると、アーサーが妖しい香油を持ってやってきた。
「ほらよ。執事が渡してくれってさ」
「なんです、これ」
「媚薬だそうだ。萎えた時はこれ使えってさ。で、上手くいきそうか?」
それを聞いてユリシスは目を丸くする。手配された媚薬はどうやらユリシス用らしい。
「えっと、もしかして私は夜の心配をされているのですか?」
「そうなんじゃね? だってお前、今まで女に興味のある素振りも見せなかったし……なぁ、お前女抱けんのか?」
真顔でそんな事を尋ねてきたアーサーに思わずユリシスは絶句してしまった。まさかの心配をされていたのだと言う事に今初めて気付いたからだ。
「身内じゃなければ大丈夫だと思いますけどね、こんな媚薬に頼らずとも」
「そうか。なら良かった。それじゃあ頑張って来てくれ」
確かにそういう欲はあまり無い方かもしれないが、ここまで心配される程ではない——はずだ。
それからユリシスはリディアが待つ屋敷へ向かい、到着するなり早々にシャワーを浴びてリディアを押し倒そうとしたが、リディアがあまりにも震えているのを見て萎えた。
まぁどうせ時間はたっぷりある。ついでなのでずっと気になっていた事を聞こうと思い、リディアとカイロスが婚約破棄に至った理由を聞いたのだが——。
「ああ、おかしい! なるほど、まんまとその女にしてやられましたね、リディア」
あまりにもバカバカしい婚約破棄の理由に、ユリシスは思った。これは当分カイロスが王になる事はないな、と。
実際一番焦ったのはヴァルグレンの現王ではないだろうか。話を聞く限り、カイロスはどうやら勝手に婚約破棄をしたようだ。
でなければリディアの元に王から直接、招待状など来るはずがない。
その後、何も知らないリディアは呑気にユリシスにお礼など言って鼻をすすっていたが、ユリシスはそんなリディアが少しだけ不憫で頭を撫でてやった。
幼馴染がここまでヘコんでいると、流石に可哀想な気持ちになってくる。
けれど長年の癖で口をついたのはいつもの嫌味だったのだが、仕方ない。これはもうユリシスの趣味なのだから。
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