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 そこまで話し終えてユリシスを見ると、彼は肩を揺らして枕に顔を押し付けている。どうやら必死になって笑いを堪えているらしい。


「ちょっと?」

「ああ、すみません。でもあまりにも馬鹿らしすぎて!」

「……全くよ。しかもその後、自国に戻ったら何故かその話がみるみる間に拡散されて、国民からは悪役令嬢だなんて不名誉なあだ名までつけられて! 挙げ句の果てに追放ですって!? 一体何がどうなってるのよ!?」 


 悔しさのあまり布団を握りしめたリディアを見て、とうとうユリシスが吹き出した。


「ああ、おかしい! なるほど、まんまとその女にしてやられましたね、リディア」

「女? あのリスみたいな子の事? それとも馬車の人?」

「君はそのリス女にカイロスを奪われたんですよ。だから昔から言ってるでしょう? 君はお人好しが過ぎるんだって。いくつになっても成長しないからこんな事になるんですよ」


 ユリシスはそう言ってちらりとこちらを見て、また枕に顔を押し付けて今度は全身を震わせている。


 世界一嫌いな男にここまで笑われるなんて本当に癪に触るが、それでも彼は恩人だ。


 リディアはまだ笑っているユリシスに背を向けて早口で言った。


「ま、まぁだから感謝はしてるのよ、これでも。全く知らない人に嫁ぐよりは、相性最悪でも気心の知れた人の所に嫁げたんだもの。それに助けてくれたのも事実だから——……ありがと。おやすみ!」


 悔しい。そうか。犯人はあのリス女だったのか。思いがけず涙が目の端に溜まる。


 カイロスは初恋の人だった。そんな人と婚約が決まってリディアが内心どれほど喜んだかなんて、誰も知らないだろう。


 グス、と小さく鼻をすすると、後ろから頭を撫でられた。驚いて顔だけで振り返ると、ユリシスが既に目を閉じたままリディアの頭を撫でてくれている。


「……ありがと」

「ええ。いつまでも泣いてないで、早く寝てください。うるさいし鬱陶しいです」

「……おやすみ!」


 せっかく少しだけ嬉しかったのに、どうしてこの男はいつもこうなのだろう? 昔からそうだ。顔を合わせれば嫌味。口を開けば嫌味。毎回毎回よくもまぁ飽きないなと思うほど、ユリシスはリディアに嫌味を言ってきた。


 そんなユリシスにリディアだってもちろん黙ってはいなかった訳だが、そのせいですっかりこの男に苦手意識が芽生えてしまっている。


 顔は綺麗だし頭だって良いけれど、性格にやや……いや、だいぶ難がある。その点カイロスは分かりやすかった。怒っている時も優しい時も裏表が無くて。


 リディアはどうしてこんな事になってしまったのかと嘆きながら、毛布を頭から被ったのだった。


                 ※


 リディアがアルヴェル国から追放されそうだという連絡が来たのは、今後どうヴァルグレンに牽制をかけるか考えていた頃だった。


 軍事力ではヴァルグレンの方が圧倒的に上だ。それでも今までセリオンが侵攻されずに済んでいたのは、ひとえにセリオンの地形のおかげだとユリシスは思っている。


 けれどそれがいつまで持つかは分からない。いつ攻略されてもおかしくない状況に、ユリシスは常に頭を悩ませていた。


 ユリシスの両親は早くに早逝してしまい、15歳という若さで王位を継いでからというもの、ただの一度も気を休めた日などない。それは24歳になった今もだ。


「——と、言うわけなんだが、どうする?」


 宰相で親友のアーサーが持っていた紙切れを執務机に投げてくる。


「どう、とは?」

「姫だよ。話聞いてただろ?」

「聞いていましたとも。またリディアが何かポカしたのでしょう? 彼女にも困ったものですね」


 さほど興味も無いので適当に返事をすると、アーサーは肩を竦めた。


「お前さ、そんな女に興味なくて世継ぎ出来んの? 未だに婚約者の一人も作らねーし」

「男は年をとっても孕ませる事が出来るので別に急がなくても良いじゃないですか。そんな事よりも今はヴァルグレンですよ。リディアにはどうにかヴァルグレンを抑えておいて欲しかったんですけどねぇ」


 幼馴染でもあるリディアとヴァルグレンの王子、カイロスの婚約が決まった時、ユリシスは密かに喜んだ。


 アルヴェルとセリオンは友好国なので、リディアがヴァルグレンに嫁ぐことで、上手く行けば仲裁まではいかなくても、余計な干渉をして来ないよう立ち回ってはくれないかと思っていたのだが。


「いや、それは無理だろ。だってお前、あのお姫さまにめちゃくちゃ嫌われてんじゃん」

「それなんですよ。でも別に私を殺したいほど憎い訳ではないと思うんですけどね」


 流石にそこまでは嫌われていないとは思うが、もしそこまで嫌われているのであれば、リディアがカイロスに嫁ぐのは逆効果だ。


 そこまで考えてユリシスはポンと手を打った。


「そうだ。それじゃあリディアはうちで貰い受けましょう」

「は?」

「アーサー、喜んでください。上手く行けば三年以内には皆が心配している世継ぎが生まれますよ」

「ちょ、ちょっと待て。何言ってるんだ?」

「何って、さっきの話ですよ。リディアが追放されそうなのでしょう? そのリディアを私が貰い受けると言っているのです。ほら、リディアが本当に廃嫡され追放される前にさっさとアルヴェルに手紙を送ってください。ヴァルグレンがそのつもりなら、うちはアルヴェルとの交友を深めましょう」


 ユリシスはそう言って薄く笑った。


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