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そんなリディアに安心したのかユリシスはリディアを下ろして立ち上がると、埃を叩いてドアに近寄り耳をそばだてる。
「もう大丈夫そうですね。さあ、皆でお菓子を食べましょうか、鶏ガラ王妃」
「!!!」
にっこり笑ってそんな事を言いながらこちらに手を差し伸べてくるユリシス。 この一言でリディアの恐怖心は完全に取り除かれ、代わりに怒りでマックスになったのは言うまでもない。
「それにしてもザル過ぎない? このお屋敷の人事」
腹は立つがお菓子は食べたいリディアは、その後仕方なくユリシスとリビングに戻り、アーサーが持ってきたという砕けた焼き菓子を齧りながら言った。
「気が合いますね。私もそう思いますよ」
「合わないわよ。あなたと気が合った事なんてただの一度も無いわ。それにしてもこれ全部ヴァルグレンの仕業なの?」
「う~ん……それにしてはちょっと稚拙なんですよね」
こんな事にはもうすっかり慣れているのか、ユリシスは腕組をしてそんな事を言う。
「……花瓶は死にかけたし、ナイフが刺さるのも嫌なんだけど」
「話を聞く限り花瓶と池に突き落とされたのには明確な殺意を感じますが、他のはどうでしょうね。ちょっと嫌がらせをしてここから追い出してしまえぐらいの悪意に思えます」
ユリシスの言葉にリディアは今までに起きた事を思い返して頷く。
確かにリディアがここへ来てから起こった事のほとんどは、嫌がらせの範疇だった気がする。ナイフだって刺さっても重症には至らなさそうな物ばかりだ(だとしても刺さりどころが悪ければ危ないに違いない)。
考え込む二人の元へ、今回の犯人を騎士団に引き渡したであろうアーサーが戻ってきた。
「二人ともお疲れさん」
「アーサーもお疲れ様」
「どうでしたか? やはりヴァルグレンの者ですか?」
「いや、セリオンの奴だよ。喜べリディア。これでお前を狙う勢力が2勢力になったぞ」
「に……2勢力!?」
一体どういう事だ!? 目を白黒させるリディアとは違いユリシスは冷静だ。アーサーに冷たい目を向けて視線だけで続きを話せと促す。
「誰とは言わないが、リディアが王妃になる事を良く思ってない貴族だよ。心当たりあるだろ?」
「ああ、なるほど。これはいよいよリディアを外に出せませんねぇ」
アーサーの問いかけに本当に心当たりがあったようで、ユリシスは何かに納得したように頷いて呑気にお茶を飲んでいる。
その様子はまるでリディアだけ蚊帳の外のようで少しだけ癪だ。もうリディアはセリオンの正当な王妃だと言うのにこの扱いはあんまりではないか。
「ねぇ、どういう事? どうして私はこの国の人にまで嫌われてるの?」
「嫌われているとは違いますよ。誰が王妃になってもその貴族は襲ってきたでしょうからね。最悪あちらと手を組みかねませんね。アーサー、しっかり見張るよう指示を出しておいてください。保養所の方も」
ユリシスの言葉にアーサーがギョッとしたような顔をして叫んだ。
「お前、サラを疑うのか!?」
「サラ?」
サラって誰だ。また新しい名前が出てきてリディアが首を傾げると、アーサーは明らかに動揺し、ユリシスは——いつも通りだ。
「サラと言うのは私の従姉妹で婚約者候補だった方ですよ。ある事件をきっかけに心を病み今は保養所に居るのですが、もしかしたら治っている可能性もあります」
「あなたにそんな人が居たなんて……」
「意外ですか?」
「ええ、とても。だってそんな話聞いた事もなかったもの」
「次の王になる人間に婚約者の一人や二人用意されていない方がありえないでしょう? ちなみに第2候補は君の姉上だったんですけどね?」
「そうなの!?」
「そうらしいです。君との結婚を申し込みに行った時にそんな話をされたので」
そうだったのか……そんな事を考えながらちらりとユリシスを見ると、ユリシスはいつも通りだが、アーサーがユリシスを見る表情はどこか悲しげだ。
もしかするとそのサラという女性の事をユリシスは好きだったのだろうか?
だとしたらユリシスもまた、国の為にしたくもない結婚をせざるを得なかった一人だということだ。
リディアは何気なくユリシスの背中を慰めるように撫でた。その行動にユリシスは驚いたような顔をしてこちらを見下ろしてくるが、そんなユリシスを見上げてリディアは深く頷く。
どうか安心してほしい。たった今、約束を果たした時のリディアの願いは決まった。
『安心して、ユリシス。私の最後の願いはあなたとの離縁にするわ。そうしたら必ずそのサラさんと添い遂げて幸せになってね』
リディアは何度も頷き自分の決断を褒めた。よく考えればそれで全てが丸く収まるではないか。
リディアは犬猿の仲の幼馴染との縁を切る事が出来るし、ユリシスは本当に愛する人と結婚する事が出来るのだから。