2 部室、去りし古を語り、釣れる禍神(1)
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――おはようございます。
憂鬱な月曜日の授業を全てクリアして長谷川が部室に入ると、すでに一人の先客が居た。
部室の奥の、窓を背にした机で本を読みふけっている。
彼女は長谷川が来たのを認めると、わずかに口元を緩めて
――おはよ。と礼を返す。
そうして視線を落として、また本の世界に入り込む。
長谷川はカバンを部室中央にある机の上において椅子に座る。そのまま二分ほど、何をするでもなくボーっとする。
――たった少しの時間にもかかわらず、とてつもない時間の浪費に思えた。
今、ちょっとした理由があって、長谷川には部員としての責務が何も課せられていない。責務――というと、何か大仰に聞こえるが実情は単純なものである。
長谷川はこの部に所属している。
つまり、長谷川は部員である。
故に、部員として何らかの部活動を行う必要がある。
であるにも係わらず、長谷川にはその部活動を行う義務がないのである。
それも最も単純なひとつの理由によるのだが――とにかく長谷川は暇であった。
長谷川はちらりと窓際の人を見る。
彼女の容貌は形容するのが難しい――といっても、顔のパーツが乱雑に配置されているわけではなく、全体的に整った顔立ちである。
難しいのは彼女の印象である。
少し吊り気味の目は賢そうに見えるといえば、図抜けて賢そうに見えるし、どことなく気の抜けた彼女の瞳は愚鈍そうといわれれば、人一倍愚鈍に見える。
大きい耳は温かそうな雰囲気を与えるし、目元の泣きぼくろは冷たそうな印象を与える。
そして、高い位置で結われているポニーテールなどは、人によって言うことがバラバラで見解をまとめようがないという始末である。
要するに見る相手によって、彼女の与える印象がまちまちということだ。
実際、彼女自身の評価も様々だった。
「英雄」と呼ばれたこともあったし、「冷血」などと酷い呼ばれようをされたこともあったと聞いている。
長谷川も、入学当初に発生した事件――科学部立てこもり事件――を彼女が解決したときなどは、その解決方法の凄まじさに、「冷酷」という思いを強く持ったことがあった。
しかし、その事件の後、科学部を粘り強くフォローして和解したり、それとは別に起こった事件の顛末を見て、人一倍優しいところを彼女が持っているということも、長谷川は理解した。
そうして、一ヶ月経った今では――一見冷たいところもあるけど、温かいところもある人――という評価に落ち着きつつある。
――要するに、一周りして「捉えどころがない」という印象に戻ってきただけだが。
その彼女――有坂未季は、この部の部長だった。