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有坂神霊縁  作者: iotas
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Epilogue

後日談


「ただいまー」

 そう言って、亮月と長谷川君は戻ってきた。二人の手には近所のスーパーのビニール袋がぶら下げられている。中にはチョコレートをはじめとするお菓子やドリンクが大量に詰められているはずだった。

「土師さんと樫森は?」

 亮月が訊く。私は映画を再生しているノートPCのスクリーンから顔を上げて、

「まだ来てないよ」

 と答える。すると、亮月は「じゃあ準備だけしとこうぜ」と言って長谷川君に何やら指示し始めた。

 ――指示するもなにも、ビニール袋をひっくり返せばいいだけじゃないかと思うけど。


 あの洞窟から帰ってきてから、三日が過ぎた。あのとき脱臼してしまった腕は、当然だけど、まだ満足に動かすことができない。ご飯も満足に食べられないし、字を書くのもたいへんだから不便は不便なのだけど、あんな状況から脱臼しただけで済んだのだから、運がよかったと言わないといけないと思う。

 足を打った長谷川君の方は軽傷だったらしく、歩いているのを見ても特に影響は感じられない。亮月は――特に何も怪我をしていない。

 事件の発端のはずの亮月が、何も代償を払っていないという事実は、少し釈然としない。でも――まあ、何事も得てしてそういうものなのかもしれない。三人が無事に帰ってこられただけでも良しとしないと。

 それに、亮月もあの事件の後は少し大人しくなり、図書室から「失敗から学ぶ」とかいうタイトルの本を借りてきて、部室で静かに読んでいたりする。たぶん、彼女なりに反省しているのだと思う。

 その証拠に、昨日も部室に入ってくるなり、

「反省会やろうぜ。土師さんとか樫森とか呼んで――」

と言い出した。そして、私たちが是も非も言わないうちから、計画などを練り始めた。この積極性も彼女が反省していることの――

 ――ああ、何も変わってないじゃない――。


 亮月たちは、チョコレートなどが入っているであろう袋をあさりながら、お菓子や紙コップなどを並べている。

 緑茶、コーラ、オレンジジュース。

 なるほど、このあたりは定番だ。

うまい棒、ポテトチップス、ベビースターラーメン。

 ――なんか塩物ばかりな気がする。私はこの辺りからいやな予感がし始める。袋の中に、ひょっとしてチョコレートはないんじゃないか。

 まさか――と思う。

ティーパーティーだか反省会だか知らないけど、普通こういう集まりなら、ポッキーの一本ぐらいありそうなものだ。私はスクリーンに顔を向け、無関心を装うフリをしながら、こっそり横目で机の様子を見つめ続ける。

 酢漬けいか、アーモンドクッキー、ポップコーン……

 亮月と長谷川君はしょっぱい系のお菓子を次々に取り出し、それに応じて袋の中身が減っていく。――そして、長谷川君はどうやら最後のお菓子を取り出そうとしているようだった。

 私は願う。

 ――もう良い! チョコじゃなくても良い! せめて、せめて甘いものを、甘ったるくて死にそうになるぐらいのものを出して!

 私の願いも虚しく――

 彼が最後に取り出したのは、酢昆布という名前のお菓子だった。



「じゃあさ、神隠しの正体って――ええっと、樫森さんだっけ。樫森さんのお父さんが鳥居の中に入ったから、消えたように見えただけってことだったんかな」

 土師君はポテトチップをつまみながらそう言う。

「ごめんなさい、父がお騒がせしたみたいで……」

 そう恐縮そうにしているのは樫森さんだ。長谷川君に聞いたとおり、大人しい内気な雰囲気の子だった。何かされても、はっきりと嫌とは言えなさそうな、そんな感じがある。今日も亮月に無理矢理連れてこられたんじゃないか、と少し心配になる。

 

 すっかりパーティーの準備が整った少し後、土師くんと樫森さんはバラバラにこの部室に入ってきた。そして、亮月達も含めた四人は、部室の中央にある長方形の机を囲うように座った。私も席を勧められたけれども、断っていつもの窓際の席に座った。甘いものがないことに内心少しふて腐れていたのだ。不機嫌な表情が出ていたかもしれないけど、どう見られたのかはわからない。

「んでさ、鳥居の中ってさ。何が有ったんだ」

 土師君が訊く。亮月は私の方を一瞬だけ見てから、

「それなんですけど、私達もわかんなかったんです。なんか、『中入っちゃダメだ』って言われて」

と答えた。少し怪しい回答のように思えて、私は内心ひやりとする。亮月は物事をごまかそうとするのが苦手なのかもしれない。

 しかし――土師君は、

「そっか。ま、そうかも知れんわな。よく知らんけど、神事って人から隠れてやるもんなんだろ。そら知られたら困るわな」

といって、納得した風を見せた。そうすると、亮月はあからさまに、ほっとした表情を見せる。――危ない。

 でも――ひょっとすると、あの亮月の言動が疑わしく見えるのは実情を知っているからこそなのかも知れない。普通に事情を知らない人から見ると、案外普通に見えたりするのかも――。

 一方、長谷川君はさっきから何を考えてるんだかわからない。――いつものことだけど、彼はあまり感情を表に出そうとしないのだ。怒っているような、泣いているような、笑っているような……慎重に考えているようで、間の抜けたことをするし、よくわからない。 ただ、人に流されやすい質なのは間違いなさそうだった。

 土師君は、ポテトチップスを二枚重ねでつまみ食いながら、オレンジジュースで流し込んでいる。観察していると、さっきから彼は、喋って、ポテトチップスを食べて、オレンジジュースを飲んで、というパターンをずーっと繰り返している。

 その結果、机からはポテトチップスだけ姿を消していくし、ペットボトルからはオレンジジュースだけがものすごい勢いでなくなっていく。その結果、お茶はまだ半分以上残っているのに、オレンジジュースはもう底が見え始めている。――因みに、コーラは何故か蓋すら開いていない。

「まあでも、神隠しもわかってよかったわ。研究会も解散だな」

と彼は言う。

「――そういえば、研究会って、どんなことやってたんですか」

と長谷川君は訊いた。そういえば、それは少し気になる。

「あ、たいしたことやってねえよ。ネットでそういう話を集めてただけ。会員も俺だけだしな」

「え? 土師さんだけなんですか」

「うん」

 土師君は、そう平然と答えてのける。そうして、今度は酢漬けいかに手を伸ばした。

 ――きっとこいつ、神隠しの真相とかにはそんなに興味なくて、お菓子を食べに来ただけなんだ。

 もう一方のゲストである樫森さんは、静かに話を見守っている。その姿はどこか楽しげに見えた。

「樫森も食べろよ。別に料金取ったりしないからさ」

 亮月にそう勧められて、彼女は戸惑いながらポップコーンを一粒とって口に入れる。

 ――謙虚な子だ。

「あの……有坂……先輩?」

 樫森さんは、そうしておずおずと口を開く。

 不意に話しかけられた私は、少し驚いて「え?」と間抜けな声を上げた。

「その……怪我ってどうされたんですか?」

と彼女は問う。訊かれた私は、少し戸惑ったような表情をして見せた後、笑顔になる。準備済みの答えだったけど、間の取り方が難しい。――ああ、手元に本があれば誤魔化せるのに……。

「三日前、階段から落ちてきた人を受け止めようとしたら、こうなっちゃって」

 なんか自分でも怪しい口ぶりだった気がしたけど、大丈夫だろうか。

 樫森さんは「三日前」と言って、少しうつむく。

「その……落ちてきた人って――」

「うん、樫森さんの目の前にいる人」

 そう私が言うと、樫森さんは長谷川君の方に目をやった。

「そっちじゃなくて、反対のほうのヒト」

 私が誘導する。犯人扱いされた亮月は目を丸くして、「私」と言った。語尾を上げて言おうとしたのを、途中で無理矢理、平坦な調子に修正した感じだった。

 その声を聞いて私は可笑しくなる。樫森さんはその言葉を聞いて、「そうなの」と言い、俯いた。

「あ、あのごめんなさい……変なこと訊いて」

 樫森さんはまた恐縮する。別に恐縮しなきゃいけないことなんて何もないのに。

「ま、良いからさ。ここにあるお菓子食べちゃってよ」

と亮月は言いながら、樫森さんにお菓子を無理矢理押しつける。

 樫森さんは、少しためらったような顔をして「あの……」と言い、部室の丸い掛け時計に目をやる。長谷川君はそれを見て、何か気づいたらしい。

「ああ、ごめん、塾があるんだっけ」

 どうやら、そういう話があったみたいだ。樫森さんはそれに助けられて席を立つ。そうして、「ごめんなさい」と言って、ぺこりとお辞儀をする。

 すると、土師君も「じゃあ、俺も部活の方があるからいくわ」と言って立ち上がる。既にポテトチップスもオレンジジュースもなくなっていた。

 ――本当にお菓子を食べに来ただけじゃないか。

 亮月は少し残念そうな顔をするが、やがて部室の扉を開けて二人を送った。

 そうして、また三人が残った。


「いったいこれは、なんだったの」

 二人が部室から出て行ったとたん、長谷川君が文句を言い出す。

「なにって反省会じゃないか」

 亮月が言わずもがなといった表情で答えながら、机に腰をかけた。

 ――また二人のアレが始まった。と私は思う。

「反省してないじゃん」

と長谷川君は的確に指摘するが、亮月はそれには答えないで、まだ未開封のコーラのペットボトルを持って、長谷川君に勧める。彼はそれを断って、

「だいたい、大筋の経緯を隠したまま、反省会なんて無理だよ」

と、正論を吐く。

 あの――亮月が洞窟内から抜け出したあと――


 亮月に連れられて駆けつけてきた樫森さんのお父さんに、私たちは助け上げられた。と言っても、大人一人で引き上げるのはさすがに困難だったようで、他に応援の人が呼ばれた。みんな樫森さんの親族だったようだ。

 そして、病院へと連れて行ってもらう道すがら、私たちは樫森氏から口止めをされてしまった。「あの洞窟のことは黙っているように」と。それは樫森氏の娘さんである樫森灯乃香(ほのか)さんに対しても――ということだそうだ。理由は教えてもらえなかったけれども、恐らくあの洞窟が樫森家にとっての聖地だからじゃないか、と私は思った。

 だからこそ、樫森氏はあの洞窟の入口を壁で隠し、クビカリ様が隠れられたと思われる部屋に花を手向けてきたのではないか。そして、その事実が伝えられるのは、樫森家の中でも限られた人間のみ。それで樫森氏はこのことが表に出るのを恐れたんじゃないか、私はそう考えた。

 亮月なんかは、「文科省の陰謀だ」とかよくわからないことを言っていた。何か変な本に影響されたのかも知れない。長谷川君は、あの遺跡を荒らされるのが嫌だったからじゃないか、と控えめに推理していた。

 いずれにしても、真実はわからない。


「でもさ」

 長谷川君は言う。

「もう懲り懲りだよ。あんな冒険は」

 私も同感だ。

「親にひどい怒られたし。警察に捜索願出されるところだったらしいよ」

 長谷川君は辟易とした顔をしながら、そう愚痴った。亮月はそれを受けて、

「そうなんだ、うちは平気だったけどな。うち、レッセ・フェールだから」

と言う。なんとなくだけど、私はその言葉が嘘なんじゃないかと思った。洞窟脱出の次の日、彼女の右頬がうっすらと赤かったことを思い出したからかも知れない。

 長谷川君はレッセ・フェールの意味がわからなかったらしく、目をぱちくりとさせている。私もわからない。亮月はたまに――というかしょっちゅう、わけのわからない言葉を使うから、毎回毎回突っ込んでいたらキリがないと思う。


「それよりわからないのが、あのエレベーターだよな。あれってなんなの」

と亮月は言う。確かに不思議だけれども、そんなことを言っても材料がないのだから、推理しようがないと思う。長谷川君も首をひねっている。

「確かにね。鳥居の中に設置するなんて――誰があんなこと考えたんだろう」

「どっちにしても、よっぽどの変人なのは間違いないな」

と亮月は言う。――長谷川君の次の言葉は予想できた。

「――亮月ぐらいのね」

 そしてきっと、亮月の次の言葉は――

「あ?」

だった。予想通り。私はこっそりと一人で頷く。

 さて、このパターンであれば、次に長谷川君は話題を転換しようとするんだろう――そう思っていたのだけれども、彼はなにやら黙って考え込んでいる。ただ、じっと机を見つめながら。――妙だ。


 ――ひょっとすると

 彼はエレベーターについて、何か心当たりがあるのだろうか。


 しかし結局彼は、自分の推理に確信が持てなかったらしく、何も喋ろうとはしなかった。

 私はそれを見て、長谷川君らしいな、と思う。確実でない限り、彼は自分のアイデアをひけらかそうとしないのだ。

 リーダーとしては頼りないところもあるけれども、慎重で冷静な判断力は、彼の役割に適しているんじゃないかと思った。

 

 さて――と私は思う。

 彼は果たして、どこまで理解しているのだろうか。

 この部の実態を。そして彼の役割を。

 

 そう思いながら、私は長谷川君を見つめる。すると彼は、不思議な顔をして、こちらを見返してきた。この目を見るに、たぶんわかってないんだろう。

 ――まあ、彼の性格からして、この役割を理解してたら受けたりしないんだろうけど。

 

 そう思っていると、突然、部室内にビーっと携帯電話のバイブ音が響く。

 亮月は自分の携帯を取り出し、しばらく凝視していたけど、やがて、すっくと立ち上がって、

「よし、長谷川いくぞ!」

と言い出す。当然、その意味がわからない長谷川君は、二言三言文句を言ったけど、

「事件だよ、事件」

という亮月の言葉に押し切られる。そうして、渋々彼は席を立ち、

「じゃあ行ってきます」

と、か細い声で言う。

 それと対照的に、亮月は

「よし! 長谷川探検隊出発!」

と言って元気に出て行った。長谷川君は嫌になった風に

「そんな隊、作ってない」

と否定しながら、亮月のあとを追っていった。

 ――やはり、わかっていなかった。アワレ。


 こうして、探検同好会会長の長谷川君と、会員の亮月は新たな事件を追って、部室の外へと飛び出していった。

 それを確認して私は席を立ち、窓の外を眺める。

 なんの変哲もない小さな山、退屈な小さな町、そしてありふれたいつもの空。

 そんな日常の風景の中に私たちは生きている。

 この平凡な世界の裏側で、私たちが経験した非日常的で命がけの時間は、今思えば一瞬で過ぎ去っていってしまった。そしてまた刺激のない退屈な日常が始まった。きっとそのうち、あの時間は思い出へと化し、やがて消え去っていくんだろう。


 私は窓越しに、見えもしない亮月達の姿を探す。


 私達があの時、必死で取り戻そうとしていた日常。

 それは当たり前で、つまらなくて、誰もが持っているものだった。

 早くもそれに気づいてしまった彼らは、今、必死にそれを手放そうとして事件を探している。

 ――きっと彼らの努力は遠からず実ることだろう。

 それが実ったとき、彼らはまた再び日常を取り戻すため、必死にもがくことになる。

 その時は恐らく私も――

 

 私は自分の両腕を見つめて笑う。

 ――せめて、治ってからにしてくれないかなあ。

 

 ゴロゴロと窓の外で音が鳴る。ふと空を見ると、怪しげな黒い雲がもくもくと、学校の方へと向かってきた。

 ――早く帰った方が良いかもしれない。

 そう思って、私は満足に動かない右手で苦労しながらバッグを肩にかける。

 

 ――亮月達に天気のことを伝えた方が良いのかな。

 私はそんな風に少しだけ考えて――やっぱり連絡しないことにした。

 

 そして扉をゆっくりと開き、

 私は、部室のライトを消した。

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