表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
有坂神霊縁  作者: iotas
61/63

6 月下に無限を求めて(4)

 よく見ると、長谷川のいるところから五十センチぐらい左側にもう一本、窪みのルートがあるようだ。

 しかも、見たところ窪みはかなり深い。

 ――こっちが本道なのか。

 そう思って、慎重に左足を離し、一歩下へと後退する。

 ――今の位置から修正するのは無理だ。少し降りたところから登りなおす。

 そうして、三歩ほど下ってから、自分の左手を左ルートの窪みに伸ばす。

 ――届いた。それを確認してから、慎重に体の重心を左に移動し、二十秒ぐらいかけて左ルートに移行した。


 左ルートは思いのほか登りやすい。さっき停止した二十歩目、二十一歩目も容易に越すことが出来た。

 ――二十五――二十六――二十七。

 ルートを変えたので少し目算は狂ったが、求めていた地上の土は今や手の届くところまで近づいていた。

 月が大きく見える。

 ――銀色の、満月だ。

 少し目が潤む。それほど地上が恋しかったのだろうかと自嘲する。

 ――みんなで地上に戻ったら、まず亮月にお礼を言おう。もう一度――。

 あの声が無かったら、落ちていた。

 そんなことを考えながら、最後の窪みを右足で踏んで、地上に手を伸ばす。

 ――これで、冒険はお終いだ! と思った。


 しかし、その一方で長谷川は、自分が全く高揚感を感じていないことに気づいた。

 ――なんだろう。

 長谷川は思った。

 ――何かおかしい。

 目は、自分の腕がまさに地上に出ようとする瞬間を追っている。

 ――これだ。

 これが違和感だった。

 それに気づくと、顔から一気に血の気が引いた。

 そうして、目がゆっくりと足元に落ちる。

 ――窪みに入っている右足が――半分浮いていた。

 違う――。

 この――窪みを使うつもりじゃなかった――。

 足の右上にもう一個の窪みが見えた。

 それは十分な深さを持っているようだった。

 今の――長谷川の右足が入れているところとは違って――

 それに気づいた途端、体が急にバランスを失う。

 思いっきり伸ばした手は、一握りの土くれをつかんで、

 

 ――そうして長谷川の体は宙に浮いた。



 ――終わった。

 長谷川は、驚くほど冷静にそう思った。

 足が窪みから離れる。両手はとっくに宙に放たれていた。

 有坂は何と言っていたか――。確か、落ちるときは素直に落ちろ、か。無駄に抵抗して、壁に頭や体をぶつけては逆に危ない、そんな話なのだろう。でもそれも、せいぜい三メートルとか五メートルとか、生き残れるぐらいの高さのときのことを前提としている話だろう。

 ――多分、十メートルは落ちることになる。そうなればきっと――生きてはいない。それでも一応頭を上げて、手で守った。

 登る前に二人の顔を見なかったことを少し後悔する。

 死ぬ直前、人は走馬灯のように過去の記憶をよみがえらせるというが、長谷川の頭には何も思い浮かばなかった。ただ、今落ちているという現実、それだけを認識していた。

 ――ゴメンナサイ。

 誰に向かっての言葉なのか――自分にもわからなかった。

 その次の瞬間。長谷川は地面に堕ちた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ