6 月下に無限を求めて(1)
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――直角の壁にしか見えない。
長谷川は、このそびえ立つ『壁』を一望する。
暗闇が覆う地の底から――光が照らす夜の空へと目を移す。
月光が目を刺した。――月ってこんなに大きかったかな。と長谷川は思う。
パチパチと二三度瞬きをして、壁に視線を戻す。
眩しいくらいに降り注ぐ月の光が、壁の陰影をくっきりと映し出している。
――窪み。よく見ると、壁のところどころに人間の足の裏ぐらいの窪みがある。
昔はきっと、この壁が外に出るための道だったのだ。
ナビトもこの壁の窪みに足をかけて、地上と地下とを行き来していたに違いない。何百年、千年の時を経て著しく風化しているとはいえ、この道を登っていたであろう、かつてのナビトの姿を想像すると、長谷川の無謀も不可能ではないように思えた。
全体のイメージが把握できたところで、次は頭の中でルートをシミュレーションする。
一歩目が目の前の窪み、二歩目はその左上方の窪み――。
瞬きもせず、長谷川はジッと壁面を睨みつける。
自分の脳を働かせる。――ミスは許されない。
今はもう、視覚だけが長谷川の全感覚を占めていた。
吐く息が――白い。
静かな月は、ゆっくりと天頂に近づいていく。
まるで、これから死地に臨まんとしている長谷川を見守るかのようだった
――二十七歩目。二十七歩目で外に出られる。長谷川はそう目算した。難しい手順は一つもない。ただ着実に、上へ登るだけだ。
長谷川は確信する。これはできることなのだ。
手を顔の前にある窪みにつけてみた。
ひんやりとした土の感触が手に伝わる。
窪み自体は掴むようなところなど全くない、ただの穴のようなものでしかなかったが、これだけ奥行きがあれば、十分に体は支えられると思った。
少し手を左右に動かすと、思ったよりも岩盤がデコボコしているということが感じ取れた。
――摩擦係数は大きいほうが良い。
湿った手に砂の粒がまとわりついたので、一旦手を離し両手をこすり合わせてそれを落とす。
どうせ、壁を登れば手は汚れるのだから、この行為がまったく意味をなさないのはわかっているのだけれども、なんとなく、まっさらな、綺麗な状態から出発したかった。
そして、長谷川は――大きく息を吐いた。