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有坂神霊縁  作者: iotas
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5 岐路、灯は暗澹を産み、迷妄に落ちた英雄は骸を抱く(3)

「いいよ、上げて」

 有坂はそう言って手を上に伸ばす。

 彼女より前に上の隠し通路へと登った長谷川と亮月は、有坂の手をつかんで一気に引き上げる。

 そうして、有坂はなんとか苦労して上半身を上の通路へと運ぶことができたが、運動神経の良くないらしい彼女は、その後もバタバタともがくようにして、なかなか足を上に持ってくることが出来ない。

 結局最終的には、亮月が有坂の足の付け根の部分をつかんでゆっくりと引き上げた。長谷川はどこかでこのような映像を見たことがあると思っていたが、どうやら漁師が大魚を船に乗せる様子に似ていたようだった。

 疲れきって、べったりと地面に俯せになって横たわる有坂はどこかユーモラスな気がした。亮月も面白かったらしく、「有坂さん、大丈夫ー」などと少し浮いた感じで有坂に訊く。

 当の本人はその声に反応すると、すっくと立ち上がって、何事も無かったかのように砂を払う。

 そうして側に置いてある自分のバッグを片手に、反対の手にコンパクトを持つ。そして端的に「大丈夫」とだけ答え、無表情で長谷川の方を向き、「じゃあ行こうか」と言って、通路の先へと足を進めようとした。

 二人は慌てて、自分のバッグを持って有坂を追いかける。


 先頭を代わった有坂はいつになく早足だった。

 長谷川はその様子に違和感を覚える。

 いつもの――有坂はこんなだっただろうか、と。

 亮月もどこか困惑した様子だ。

 確かに彼女は普段から無表情だし、少し冷たいところもいつも通りと言えば、いつも通りのように思えた。

 それに時間も切迫しているのだから、早足になるのは合理的だとも思う。

 しかし――何かがおかしい気がする。

「怒ったのかな」

 亮月がポツリと言う。

 有坂がうつぶせになって足掻いてる姿を笑ったから、ということだろうか。全くありえないとはいえないが、少し沸点が低すぎる気がする。

 やはり時間が無いことに焦っているのではないだろうか。


 通路は短かった。

 登ってきたところから三十歩ぐらい歩くと、正面に部屋のような空間が見えた。

 有坂は躊躇せずに、すたすたと歩き入る。

 長谷川と亮月は一旦顔を見合わせた後、有坂に追いすがるようについていく。

 足元がよく見えない。

 光の加減を見ると、有坂はかなり高い位置でローソクを保持しているようだった。そう思っていると、いきなり右肩に誰かの手がかかり、下方向への力がかかった。

 長谷川は慌てて傾いた体を立て直して右に目をやる。見ると、亮月が体を持たれかけるようにしていた。

「悪い。足がなんかに引っ掛かったみたい」

 有坂も異常に気がつき、後ろを振り向く。


 ゆらゆらとした火の明かりが周囲を照らす。

 

 光は地面に拡散し始め、それが亮月の足元にかかり、そしてその右足のつま先にある――

「う、うわあ!」

 亮月はおののいて、慌てて足を引いた。

 ――陶器のように乾ききった白い、壷状の物体が有る。その物体は、壷には似つかわしくない大きな穴を何個も開け、そのうちの大きな二つの穴でこちら側を睨むように見つめている。

 比喩ではなく――この物体が実用されていた頃は、実際に睨むこともあったのだ。そして、別の穴は言葉を発し、その上にある小さな穴は大気を吸い込み、側面にある穴は音を吸い込んでいた。つまり――これは――

「ど、髑髏?」

 長谷川のその声はそれほど大きいものではなかったが、狭い洞窟内に何度も反射した。

 髑髏を見たのは初めてだった。

 だからでもなかろうが、長谷川は髑髏を凝視する。そして髑髏に目を固定されたかのように、延々と視線を送り続けた。

 頭の中は混乱している。

 ――わからなかったのだ。

 何故、こんなところにこんなものがあるのか。

 これは誰の頭なのか。

 この部屋はいったい何なのか。

 なんで自分たちはこんなところにいるのか。

 そして、

 ――どんな反応をすればよいのか。


 ゆらりと明かりが揺れる。

 有坂はローソクを持った手を上にかざし、そしてゆっくりと髑髏の上方へと伸ばした明かりが伸びる。

 長谷川は恐る恐る目をやる――そうすると、彼らもこちらを見つめ返してきた。光の加減か、彼らは少し笑ったような気がした。

 十個、二十個、三十個。長谷川は彼らの数を数えはじめる。

 ――大体五十個くらいだろうか。

「なんなんだよ――」

 つぶやくのは亮月だ。

 有坂は無言で彼らを見ている。

 部屋の片隅に山積みになった――人間の頭だったものを。

 有坂はそうしてしばらく見つめていたが、やがて何も言わずに歩き出す。

 部屋の中をぐるりと回るかのように光を当てながらゆっくりと歩く。

 途中から――彼女は何かに気づいたかのように、だんだんと歩みを遅くする。絶望的な現実を避けるかのように、ゆっくりと足を運ぶ。

 それでも――それでも――広くないこの部屋はすぐに全容が知れてしまった。

「長谷川君」

 細い声で有坂が問う。

「何が視える?」

 何って――

「髑髏と――壁しか」

「――そう」

 そう答えて有坂は目を瞑る。

「やっぱりそれしか視えないんだね」

 彼女は少しの時間黙って俯いた。

 長谷川も――亮月も何も喋らない。誰も、何も言わないが、それでもわかってしまった。

 ――知りたくはなかった。

 それが事実だとしても、この結末は知りたくはなかった。


 つまり――この部屋が――行き止まりだ、ということを。

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