4 虚室、光は地に溶けて、無中に探す活路(7)
――なんとなく予想はできていた。
この大空洞の壁に穿たれた最後の通路――川の流れ行く方向に小さくあけられた洞穴が、数分も歩かぬうちに人の通れないぐらいの細さにまで狭まることを。
そして、どんな手を尽くしても、この道を通り抜けることなど到底不可能であることを。
穴の入口を見つけた瞬間から、長谷川にもそのことはわかっていた。
しかし――やはり実際にローソクに灯った火の明かりが、行き止まりを示す土色の壁を映し出した瞬間には息が詰まった。
「ないの……か」
亮月が言う。それは心の奥底から漏れ出してきたような声だった。
有坂は黙って俯いている。長谷川は「見つからないね」と意識的に軽い調子で言う。そうしないと、三人とも絶望に押しつぶされてしまうような気がしたのだ。
行先を喪った三人は誰からともなく、また洞穴の中央にある壁画の建物に向かった。
根拠など何も無かった。
ただもう一度全体を見渡せるところに行けば、何かがあるんじゃないかと思ったのかもしれない。
そして、高台を登る気力などもはや無かった。
長谷川は歩きながら、こう確信した。
結局、あのエレベーター以外に出口などなかったのだ。
有坂の持つローソクを見やる。
既に四本目になっていたローソクがもうすぐ燃え尽きようとしている。
残りは、後一本。
なぜ――なぜこんなことになったのだろうか。
三人は神隠し事件の真相を調べようとしていただけだった。
いや――正確には有坂はほとんど調べる気は無かったし、長谷川も亮月に振り回されて、最終的に探偵役を担うことになってしまっただけだったが――ただそれだけだった。
しかもその探偵の推理も外れていた。
外れていたのに、何故か鳥居が開いた。
そして何十年も整備されていなさそうなエレベーターが姿を表した。
今思えばあの時点で引き上げるべきだったのだ。
明らかに怪しかったし危なそうな雰囲気は漂っていたではないか。
それでも長谷川たちがそこに足を踏み入れてしまったのは、一番事態を楽しんでいた亮月が――。
――あ。
長谷川は気づく。
さきほどから亮月が異常なほど元気が無いのは――出口がないとわかるにつれて哀しそうな声を上げるのは――全て自分の行動を悔やんでいたからなのか。
出口が無いとわかってから、ずっと俯いていた亮月は長谷川の視線に気づき、躊躇うようにしながら顔をあげる。そして一言、搾り出すようにいった。
「ゴメン」
長谷川は言葉を返せない。
いつも傍若無人な彼女がこんなにも悲しげな声を発するのを聞いたのは、初めてのことだった。
それに、彼女は言った途端、顔を隠すように俯いてしまった。
――何でもいいから言葉を返さないといけない。
長谷川が「あの」と間の抜けた声を出したのと同時に、
「消えるよ」
と、いつもの平坦な口調で有坂が言った。
一瞬何のことやらわからなかったが、見ればローソクの火が消えかかっていた。
――彼女には亮月の言葉が聞こえたのだろうか。
気づけば、いつの間にか建物の前だった。
有坂は建物の前の石段に腰を下ろす。
長谷川たちもへたり込むように、地面に手をついた。
ローソクは今にも燃え尽きそうだ。
それなのに有坂はカバンの中から換えのローソクを取り出す気配を見せない。
――彼女も疲れているのか、と思って長谷川は
「五本目を出しましょうか」
と促す。五本目――最後のローソク。
しかし、何故か有坂は首を横にふった。
「ううん、消そう」
「消す?」
「無」
――ム?
「見ようとするから見えないのかもしれない」
有坂はそう言う。なにか考えが有ってのことらしいが、必ずしも自信が有りそうな様子では無かった。長谷川や亮月から少し視線を逸らし、どこか遠い目をしながら彼女は語る。
「老子の一節を思い出してね。『五色は人の目をして盲ならしむ。五音は人の目をして聾ならしむ』――派手な色は人の目をくらませ、美麗な音は人の耳を聞こえなくさせるって意味だね」
ジジッと蝋の焦げる小さな音がする。
「求めよう求めようとするから、逆に得られなくなる。だから、求めるなっていう老子の思想の根っこの部分の話」
長谷川は今の自分達の状況を考える。
自分たちは今、出口を探すことに躍起になっていた。だからこそ出口が見つからないということになる――のだろうか。確かに、家で読みたい本を必死に探したのに、どうしても見つからなくて結局諦めたその瞬間、思いも掛けないところから本が出てくる、ということはよくあるが――。
「百パーセント見つかるとは思わないけど。これだけ探して見つからないんだったら、一度別の方法を試すのが善い手だと思う。ちょうど火も尽きかけてるし――ね」
――私たちの生きる道は、無の中に見つかるのかもしれない。
有坂はそう最後に言って、足を前に放り出した。既に火が消えるのを待つ体勢である。
長谷川も別の方法を試すことに異存は無かったし、何より疲れきっていてしばらく座り込みたいと言う気持ちもあったので、同じように石段に座り足を伸ばす。
やがて、亮月も黙ったまま隣に座った。