1 春、猫追い、訪ねる樫の森の家(5)
樫森はそのまま部屋に進み、ゆっくりと湯飲みを長谷川と亮月の横に置く。
亮月はお礼を言って、
「でもさ、お金がないってことないんじゃないの。大豪邸じゃん」
と言う。樫森は静かに首を横に振り、
「確かに昔はあったらしいんだけど――今は……そうでもないらしいの。私の祖父が使っちゃったらしくて――」
と俯きながら言う。
少しデリケートな問題に入ってしまいそうな気がした。しかし、わかっているのかわかっていないのか、亮月は躊躇しない。
「何に使ったんだよ」
「あの、よくわからないけど……。変な建物を建てちゃったとか、聞いたかも――。お父さんそれで、『罰当たりなことをした』とか怒ってたし……」
樫森はいかにも話しづらそうに言う。その話し方を見て長谷川は、「なんだ、お前の爺ちゃん墓荒らしでもしたのか」などと亮月が宣い出す前に、話題を変えなくてはいけないと思った。
「ところで、樫森さんの家って昔から有るって言ってたけど、昔って何年ぐらい前なの?」
と訊いた。
樫森は少しためらうような顔をして
――話していいのかな。と小さい声でつぶやくが、亮月に目で促されてそのまま小声で言葉を繋げる。
「――二千年」
――二千年? 長谷川が思わず復唱すると、亮月も驚いて言う。
「すげえ。二千年って二十世紀ってことか?」
合ってないようで、合ってるような気がしたが、それは無視して長谷川は訊く。
「二千年って、有史以前ってこと?」
「日本だと……そうみたい。あの、やっぱり喋んない方がいいのかな。こういうの」
樫森の視線がだんだんと下に落ちていく。
「えっと、それってホントなの?」
「なんだ、長谷川疑ってんの? あーこいつ性格悪ぃなー。最近の若い奴の悪い癖だよ。ほら樫森、こいつとは話さない方がいいぜ」
亮月が茶化すが、樫森は気にせず長谷川に視線を向ける。この一日で亮月の扱いに慣れてきたのかもしれない。
「あの、長谷川君の言うことも、尤もだと思う。でも、多分、ほんと……だと思う」
「証拠があるってことかな」
樫森が小さく頷く。亮月はそれを見て――マジで? と調子外れな声を上げる。
「二千年前の掛け軸とか? すげえ、見せてみせて」
――二千年前に掛け軸があるわけないだろ。とバカにするでもなく、樫森は単に困惑した表情を浮かべて――掛け軸はないけど、と言う。
「あの、ちょっと歩く……けど」
それを聞くと、亮月は――よし。と声をあげて、縁側の下に降り立った。
「行こうぜ。長谷川探検隊出発だ!」
「なんで僕なんだよ」
長谷川は覚えのない隊の結成に文句をつけながらも、腰を上げる。
――乗りかかった舟だ。
探検自体に異存はなかったが、その前に亮月に対して言わなければならないことがあった。
「靴は――履いてからね」
威勢良く靴下のまま地面に降り立った亮月の足下には、土が自然のままに敷かれていた。