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有坂神霊縁  作者: iotas
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4 虚室、光は地に溶けて、無中に探す活路(6)

「あとは」

 そんな決意を知る由もない、亮月が口を開く。

「川の方だけ――ですか」

 彼女に似合わない弱々しい口調でそう訊く。いつもどこかふざけているような愛嬌の有る笑顔は、ここ一時間めっきり見なくなった。自分でもそれに気づいているのか、時々妙に調子の外れた明るい声を作って長谷川や有坂に話しかけようとする。だがそれも、せいぜい二言三言言葉を交わしただけで、会話を終えるということが、ここ数回続いていた。

 一方の有坂は亮月の問いに、無言で頷く。

 長谷川の見たところ、有坂の表情や態度は普段とそれほど変わっていない。元々感情が読みにくい彼女だが、洞窟に入ってからはそれに輪をかけて彼女の心がわからない。怒っているのか、悲しんでいるのか、焦っているのか、落ち着いているのか、――それとも何も考えていないのか。

 ただ、長谷川はこうも考える。

 有坂が感じていることも長谷川たちのそれとさほど変わりはないのではないか、ということを。

 というのも、歩いていると、彼女は時々苦しそうな表情をすることがあった。何かを必死にこらえるかのように口元を緊張させて頬を固くする。目はいつもの無表情のままだったし、そういう苦しそうな表情をするのも一瞬のことだったから確証は無かったが、きっとそうなのだろうと思った。


 ――自分に何かできることはないのか。彼女たちの不安を取り除くようなことはできないのか。

 長谷川は考え始める。

 守ると決めたはずだった。

 ――励ますか? きっと出口が見つかると、彼女たちを励ますのはどうだろうか。これが今長谷川のできる唯一のことのように思えた。

 しかし――本当に効果が有るものだろうか。

 何の確証もないまま、ただ空元気の声をあげる。

 しかも致命的なことに、声を上げた本人が、脱出できるという希望を抱いていない。それでもきっと、声を上げれば二人は笑ってくれるだろう。

 だがそれは、彼女たちが気を使ってやってくれるだけのことだった。


 ――結局、守るといっても、何一つ自分にはできることなんてないじゃないか。長谷川はこれまでの人生を悔いた。

 肝心なときに役に立てないなんて、この十数年、何のために生きてきたと言うのか。

 そう思って長谷川が俯くと、亮月がまた声を上げた。

「川の方とかなんか出口ありそうな気がするよね」

 明るく作った声が、長谷川の心に影を落とした。

 

 数時間前、高台から地底全体を望んだときに確認した範囲では、まだ探索していないのは大地の左隅に流れる川の周囲だけであった。必定、彼らは残り少ないローソクに火を灯してそこに向かう。

 歩くにつれて、徐々に川の流れる音が大きくなっていく。

 ローソクがやや縮んだ頃、三人は川へとたどり着いた。

「キレイな川……」

 亮月はそう呟く。

 ローソクのわずかな灯りをゆらゆらと反射する水は、確かに透き通っていて美しく見えた。天井から降り注ぐ太陽光は既に無かったが、月が出始めればまた煌やかに輝き始めるのだろう。

 しかし、彼女はそういう意味で言ったわけではないようで、更にゆっくりと言葉を繋げる。

「飲んでも――大丈夫かな」

 そう言って彼女は、すっと手を伸ばす。

 長谷川はその手を掴む。

「生水は危ないよ」

「でも」

 亮月は哀しそうな眼で長谷川を見る。

 喉が乾ききっているのは長谷川も一緒だった。

 そしてそれが必要以上に体力を奪い取っていることもわかっていた。

 しかし、こんな得体の知れない地下水を飲んで体を壊してしまうことへの恐怖もある。

万が一当たってしまった場合、薬など無いのだ。

 だが――亮月の疲れきった顔が、長谷川を迷わせる。

 困った長谷川は有坂を見る。

 有坂も少し考えあぐねていたが、意を決したかのようにポケットを探り始める。そして、何やら小さな半透明の袋を三包取り出して、それぞれ渡す。

「胃薬」

 そう言って彼女は袋を開けて粉を飲み込み、水を手で掬って飲んだ。

 唖然として長谷川と亮月は有坂の様子を見ていたが、ほどなく有坂に倣う。

 色々と言いたいことは有ったが、上手く頭が回らない。――何より体が水を求めていた。

 伸ばした指先に触れた水の温度が体に移っていく。

 沈めた手のひらに水の流れる速度が伝わっていく。

 そうして掬い上げた水をあおるかのように飲み干す。

 久々に口に含んだ水分は喩えようもないほど甘い。

 まろやかな冷たい液体が口から喉を通り、それが全身に浸透していく様が全神経に伝わっていく。

 隣を見ると、一息ついた亮月が足を伸ばして座り込んでいた。

 視線に気づくと彼女は少しつらそうな表情をして微笑んだ。

 そして、すっくと立ち上がると、

「じゃあ行こうか」

と宣言する。

 どんなに疲れていても、火が点いている限り、休んでいる時間など存在しないことを、彼女は知っている。そして、有坂も長谷川もそれは同じだった。

 だが――長谷川の目には、亮月の姿がそれでもなお一層悲愴に映った。


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