4 虚室、光は地に溶けて、無中に探す活路(5)
「点けるよ」
有坂の言葉とともに、ローソクに火が灯った。これで三本目だ。
あれから、どれくらいの時間が経過したのだろうか。
ついに長谷川と有坂の携帯電話は電力を失い、ただの金属製の箱へと姿を変えた。
出口は未だに見つからない。
この大洞穴の中から通路が一本たりとも伸びていないというわけではなかった。大きさはまちまちで、立ったまま入っていけるところも、這うようにしないと通れないようなところもあったが、これまでに何本かの通路は見つけていた。しかし結局のところ、それらの通路は全て途中で行き止まりにぶちあたり、それ以上の侵入を頑なに拒むのだった。
つまりは、数時間前から状況は全く進展していない。長谷川は二人の様子を窺う。
見ずともわかりきっていたことだが、完全に疲れきっている。
ジャージ姿の亮月などは狭い洞窟に潜ったりしていたために土まみれになっていたし、いつもの制服姿でこの冒険に臨むことになった有坂も、足元がおぼつかない。
いずれ、携帯電話やローソクという光源を失うという、時間制限の存在が三人にプレッシャーを与えていた。
ローソクは、いま灯りを湛えているのを含めて残り三本。
つまり約一時間後には長谷川たちは全ての光を失い、真っ暗闇の世界の中に閉ざされることになる。
そうなれば、もはや帰還は望めないだろう。
そして、何も見えない闇の中、長谷川たちは残り数日の人生を過ごすことになる。
――そうなったとき、僕は何を想うのだろうか。と長谷川は考える。
時間の進みすら感じない世界の中で、徐々に体力と気力だけは、この身体から失われて行く。
足掻くことも出来ず、希望を抱くことすらも叶わず、ただ黒一色の風景を見ながら、死ぬという感覚だけを身体に刻みつける。それを有り余るほどの時間の中で一秒一秒噛み締めるように味わっていくのだ。
幾ら生を望んでも叶わない。
幾ら助けを求めても届かない。
呼びもしないのに、果てしない無だけは確実に近づいてくる。
そして、その無に覆われたとき、全てが終わる。
その瞬間、全ての時は止まり、長谷川の頭も手も足も指先一本にいたるまで完全に束縛される。
目は光を失い何事も視ることは許されず、口は音を喪って何事も語ることは許されない。
頭は考えることをやめ、心は想うことを止める。
その束縛は永遠に続き、一瞬たりとも緩められたりはしない。
囚われたが最後、脱出の術などはない。これまで何億何兆もの生物がこの地球上で無に還ったが、その中でただの一個体すら戻ってこられた者はいないのだ。
心の底から何かが湧き出してくる。
それは喉を詰まらせ、一しきりの痛みを与えた後で頭に上り熱を発し始める。
終いに頭の中に収まりきらなくなったそれは、徐々に目の底に集まり始め液体を形成し始める。
長谷川の中の動揺が最高潮に達しようとした頃、
――ふ、と一つ息が聞こえた。
その音で長谷川は気づく。
――ひとりじゃない。
その呼吸音は、今長谷川たちが直面している状態を解決することはないし、迫り来る現実には何の効力も発揮しないのだけれども、何故か長谷川の心を落ち着けた。
長谷川勝彦、有坂未季、新谷亮月。
この三人が出会ったのは、わずか一ヶ月半前のことでしかない。
それなのに、この三人でいる時が、長谷川にとってはいつの間にか何よりも居心地の良い時間になっていた。
亮月が莫迦をやり、有坂が眉を顰め、長谷川が翻弄される。
そんなくだらないことの繰り返しでしかない時間だった。
――でも
それでも、長谷川にとってはかけがえのない大事な日常だった。
そしてそれは、他では感じとれないような、唯一無二のものだった。
だから――
だから、どんなに異常な状況であろうとも、この二人といれば日常を保てる。
そう思った。
長谷川は気付かれないように二人に目を向ける。
この二人が、どう思ってるのかはわからないし、ひょっとすると長谷川が思うほどには、この時間への思い入れは無いのかもしれなかった。
それならそれで構わない。
二人がそれほど思っていなくても、長谷川にとって大事な時間であることに変わりはないのだ。
そして、それが自分にとって大事な時間に違いないのであれば、
守らなければならない。
長谷川はそう思った。