4 虚室、光は地に溶けて、無中に探す活路(4)
「樫森の先祖がここに住んでて、その部族を統率していた人がさっきのところで死んだ――」
亮月は復習するように話をまとめる。
彼女はマジメにやれば理解力はかなり高い、そう長谷川は思っていた。
その理解力の高さを持っているくせに、何故これだけ突飛も無い人格が出来上がってしまうのかは、知るべくもない。
――逆に他の人よりも理解力が高すぎて、発想が常人の上を通り過ぎてしまうのかもしれない。と長谷川は一度仮定してみたことがあるが、結局結論までいきつけないまま諦めてしまった。
「じゃあ、私も元々はここに住んでいた地底人の血を引き継いでいるわけだな」
そう思う間に、早くも脱線し始めた。
「亮月は違うだろ。樫森さんのって言ってるじゃん」
「でもさ、この辺に住んでいる人間のルーツなんだろ? じゃあ私のご先祖様でもあるってことじゃん。――いや違うか」
彼女は自分で自分の言葉を打ち消す。そうして、「私の爺ちゃん鹿児島人だし」などと、まあ概ねこれ以上話を続けても時間の無駄だろうと思わせるような言葉を続けたので、長谷川は、
「有坂さんの言ってたような、出口らしきものは見当たりませんね」
と話を故意に脱線させる。
そうすると、その言葉を聞いた有坂が苦い表情を見せながらも「そうだね」などと平静を装ったかのような無難な返答をするのを見るにつけ、長谷川は話の進行先を間違えたことを確信する。いわゆる脱線事故である。
そんな中で、「でもさ」と特に気にした様子の無い亮月が言う。――思うにこの失態の原因を作ったのは亮月なのであるからして、祟りというものがあるのであれば亮月からまず祟られて欲しい、などと不謹慎な願いが長谷川の心によぎる。
当然、そんな想いを察知することなく、亮月は無邪気に問いを発する。
「こんなところで、どうやって暮らすんだ? そもそも、何食うワケ?」
思えば当然の疑問だ。
陽の光すら満足に入ってこない、こんな洞穴の中である。こんなところで、寝起きして生活が成り立つものだろうか。まさか霞を食していたわけでもあるまいし、コケや虫などを食べていたわけでもないだろう。
そんな問いだったが、有坂は予め用意していたかのように、いとも簡単に答えた。
「たぶん、昼間とかは地上で狩猟とか農耕とかして、夜になると洞窟に帰って来てたんだと思うよ。狼なんかの動物の危害を避けるためにね」
――それはそうか、と長谷川は思う。
寝起きする場所が、洞窟の中だといっても、日中から夜中までずっと洞窟の中にいる必要はない。一日中こんなところで過ごしていたら病気になってしまう。
その説明に亮月も納得したようだった。
「そーなんだ。へぇ、でもさ。こんな暗いところに住まなきゃいけなかったのかな。エレベーターまで作って」
――エレベーター?
いきなり飛び出てきた謎の単語に、長谷川の頭が急回転を始める。そして、何度か逆回転だの軸移動だの繰り返した上で漸く理解に至る。
「ばっか、エレベーターなんか作るワケないよ。あれは、現代人が作ったんだよ」
「なんで? 誰が? 樫森?」
「知らないよ。でも古代の人がそんなの作れるわけないでしょ」
そりゃそうだ、といった顔を亮月が見せる。
――わざとやってるのか、彼女は。
一方、黙ってやりとりを聞いていた有坂は、このタイミングでゆっくりと口を開いた。
「そう、作れるわけがない。でも、昔の人だって洞窟の中と外を出入りしていた。ということは」
――もう一本は道が有る。
エレベーターの前で彼女が掲げた仮定の根拠を今やっと説明するように、有坂はそう言った。