4 虚室、光は地に溶けて、無中に探す活路(3)
この洞穴もやはり出口では無かった。さっきの貯蔵庫のように部屋の一つのようだ。
奥に通路が無いことは光の具合から判断できたが、一応念のために調べる必要があった。
長谷川たちは室内に足を踏み入れる。
部屋に入った途端、長谷川は何故か寒気に襲われる。
――入ってはいけない部屋。
そう感じさせるような異質な空気が部屋中に漂っている。
何がそう感じさせるのか。
鼻をつく、炭のような黒く淀んだ匂いのせいだろうか。
ふと振り向くと、有坂がしゃがみ込んで床を見ている。
「長谷川君、ここ。床のところ」
彼女が指し示す床の土は、何やら不気味に黒ずんでいた。
「床だけじゃないね。この部屋は壁一体が変色してる」
見れば、壁も、天井も、床も、土本来の色に不自然な黒色が混じりあっている。
「焦げたみたいにね」と有坂は呟く。
「それだけじゃないぜ。これ見ろよ」
長谷川の後ろで亮月が声をあげる。
見ると――
「花?」
白と青に彩られた花束。
「花だよ。こんなとこに花なんか咲くワケないよな。誰かお参りに来てるんだ、ここ」
花束は綺麗に揃えられて壁際にぽつんと置かれている。
「誰が?」
「知るかよ」
長谷川は思う。長いトンネルにかけられていたあの鈴、高台から降りたときの階段、そしてあの建物の壁画。確実に時間の流れから取り残されてきたこの遺跡。
何十年も、何百年も、調査すらされずに放置されてきた場所としか思えない。それなのに、ところどころピンポイントに現代人の影がチラつく。
鳥居、エレベーター、そしてこの花束。
これは一体なんなのか。誰が何のために、こんなことをしているのか。
急に周囲が暗くなり、長谷川の背筋に冷たいものが流れ落ちる。
自分は――怖がっている――のだろうか。
「あ、ゴメン。なんか変なボタン押しちゃった」
有坂の軽い声で、長谷川は現実を取り戻す。
携帯電話が再び光を放ち始め、闇を退ける。
「やっぱり、コレはあれなのかな」
有坂は話を続ける。やはり、長谷川と考えていることは違っているらしい。
「あれっていうのは……ナビトの」
――神様の最期の地ということか。
騙されて穴に閉じ込められて、そして一面の炎に巻かれて絶命したと言う。
そう思いながら、再び長谷川は視線を床に落とす。
土が黒いのは、焦げたから――なのか。
そうなると、あの神話は実際に起こったことを仮託したものということになる。であれば――
「ここで、大昔に焼き殺された人がいる」
「それもかなりの実力者がね」
確かその人は――
「祟りを恐れられて祀られたっていう――」
長谷川の言葉に有坂は曖昧に頷き、
「まあ、それは想像だけど」
と言って笑った。どこか翳りのある笑顔だった。
――祟り
――もし、祟りがあるならば。
今自分たちが迷っているのも――祟りなのだろうか。
踏み入れてはいけない土地に足を踏み入れたから、祟られているのか。
そこまで考えて長谷川は頭を横に振る。
現代科学にはまだまだ解明出来ないことが山ほど有る。
宇宙の誕生。
宇宙の果て。
生命の誕生。
人間の思考。
しかし――祟りなんて有るわけがない。
だいたい、死者が自分の死に場所や埋葬場所を荒らされたことで怒って祟りを為すのであれば、長谷川などは子どものときに墓場で肝試しをやったときに、とっくに祟られていておかしくないはずだ。
そもそも人類が誕生して何十万年も経つのだから、人が死んでいない場所を探す方が難しい。
きっといつもの通学路ですら、何十年だか何百年だか前には墓地だったり往生の地だったりするに違いない。その度に祟りがなされるというのだろうか。もちろん、そんなことがあるはずがない。
そう、だからやはり祟りなどは無いのだ。
深く沈思する長谷川の姿を、隣で亮月が不思議そうに眺める。
「二人とも何の話、してんの?」
そういえば、亮月にはまだその辺りの話はしていなかった。
「歩きながら説明するよ」
そう答えると、亮月は「またかよ」といって笑った。