4 虚室、光は地に溶けて、無中に探す活路(2)
永遠につづくかと思われた土の壁だったが、十分ほど歩くと、ようやく横穴をひとつ見つけた。さては出口かと長谷川は期待したが、その穴をチラリと覗いただけで期待は儚くも消え去った。
「こっちは……行き止まりだね。ここに扉みたいのが有った形跡があるし、食料庫かなんかだったのかな……」
まるで部屋のように小さく穿たれた洞穴を見て、有坂はそう推測した。確かに、穴の入口のところだけ綺麗に半円状に削り取られている。思わず長谷川はその構造をつぶさに観察し始めたが、隣で亮月が急かし始める。
「ここは何も無いんだろ? 早く進もうぜ」
「ちょっと待って」
亮月を制したのは、長谷川ではなくて有坂だった。
彼女はガサガサとスクールバッグを漁り始める。
そうして、また赤い円筒状のもの――ローソクを取り出した。気づくと、長谷川が手に持っていたローソクは指の先ほどの大きさにまで縮んでいた。
「え、もうそんな短くなってんのか? ローソクってもっと保つもんじゃないの」
「もともと、こういう用途のものじゃないから、そんなに長時間は燃焼できないんだと思うよ」
有坂は亮月の問いにそう答えながら、どこから出したのか金色の古風な懐中時計を開き、
「――二十分から三十分ってところだね」
と言った。一本で二十分、それがローソクの寿命らしい。さっきの話だと、有坂の手持ちのローソクは残り四本だ。つまり、これから八十分から百分ほどしかローソクの灯りは使えないということだ。
そしてそれが尽きた時、長谷川たちは全ての明かりを失うことになる――。
そこまで考えて長谷川は、はたと気づく。
――そうではない。
「先に携帯電話の光を使った方が良くないですか? ほっとくと、どんどんバッテリー消耗してっちゃいますし」
その言葉に、有坂は今気づいたように、あ、と声をあげる。
「――ゴメン」
彼女は何故か謝った後、ポケットから携帯電話を取り出す。
そうして、今度は彼女が先導するように前に出ると、
「ここから先は私が行くよ。順番だしね」
と言う。長谷川としては別に交代制にしたつもりはなかったのだが。
有坂は言葉を続ける。
「長谷川君、そのミラーは持っててくれる? さすがにその状態じゃしまえないから」
そう言われて、長谷川は手元のコンパクトミラーを見る。そこには、赤い蝋が裏蓋の全面にだらしなく伸び広がっていた。
長谷川は、コンパクトミラーの蓋に張り付いた蝋を爪でガリガリと落としながら、有坂の後ろを歩いていく。まだ完全に固まりきっていない蝋は、気持ちよいぐらい綺麗に剥がれ落ちて行く。
今は携帯電話のバックライトが光源になっているが、時間が経ってバッテリーがなくなれば、ローソクが再登場する可能性も十分に考えられた。
バックライトを全開の状態で維持しつづけたときに、携帯電話のバッテリーがどれくらい保つのかは分からない。ただ、亮月の例を見るに、大体一時間程度が限度なのではないかと予想できた。もちろん、洞窟に入る前にどれくらいバッテリーが残存していたのかにもよるのだろうが、いずれにしても出口の場所が皆目見当がついていない現状では、余裕があるとは言えそうにない。せめて、出口の場所がある程度特定できるのであれば、心理的には楽になるのだが――と思ったとき、長谷川は一計を思いつく。
「ひょっとして、バラバラに探索した方が早いんじゃないですか? みんなでローソク持って」
三人でぞろぞろと同じ道を進むのは無駄な気がした。バラけて少しでも探索範囲を広げた方が良いのではないか。
その提案に有坂は振り返って言う。
「そうする? 私もそれ考えたんだけど……どっちがいいか判断できなくて。みんなでローソクを持つってことは、その分ローソクが尽きるのも早くなるってことだし」
彼女は迷っているようだった。確かに、二十分程度しか持たないローソク一本だけでは、まともに探索出来ないかもしれない。
亮月は否定的だった。
「……止めた方が良いと思う。迷子になったらサイアクだし。あ、次はこっちの道なんかどうですか」
そう言って彼女は、右方に開いた洞穴を指し示した。