4 虚室、光は地に溶けて、無中に探す活路(1)
今度は長谷川を先頭にして、三人は元来た道をもう一度戻っていく。最初に通ったあの暗い洞穴は、より一層、闇の色を増しているように思えた。バッテリーの心もとない亮月の携帯電話をかざしながら、長谷川はその闇を薄く薄く払っていく。その光の彩る淡い白色が唯一の頼りだ。
「携帯ってのも、かなり心細いよな……電源切れたらとか思うと」
さっきの有坂の発言で幾分元気を取り戻した亮月だが、声に不安の色は残る。その言葉を聞いて
「ちょっと待って」
と有坂が一団を引き止める。そうしておいて、有坂はゴソゴソと自分のカバンの中を漁っていたが、やがてひとつの茶色い箱を取り出す。彼女はその蓋をスライドさせて開き、中から赤帽子の小さな木の棒をつまんで披露した。
「マッチ? さっき無いって――」
「帰りたかったから」
亮月のささやかな抗議に見向きもせず、有坂は今度はポケットの中から赤い円柱を引き上げる。
「ローソクもあるじゃん! すげぇ。予想してたの?」
「シーリング用だったんだけどね。幸い灯心のあるやつだったから使えるでしょ。鞄の中にあと四本あるよ」
なるほど、そういえば有坂は最初に洞窟に入ったとき、封蝋用のシーリングスタンプをポケットの中に入れていた。シーリングスタンプを持っているのだからローソクも有るだろう、と長谷川は妙な納得をする。いずれにしても、女子高生がわざわざ持ち歩くような類のものではなかったが。
とにかく、有坂はマッチを擦って火を灯し、それをローソクに移転した。ローソクは、有坂が持っていたコンパクトミラーを開き、その蓋の部分に乗せた。「有坂さんのって、片面だけミラーなんだ」と亮月は感心するが、長谷川には何がどうであれば普通なのかはわからない。ただ、蓋の部分がちょうど貝のように凹んでいたから、ローソクの受台にするにはちょうど良かったなと思う程度だった。
火を灯した途端、周囲は一気に明るくなる。これまで頼りない電気の力を使って、辺りの空間をボンヤリと覗いていた頃とは比べ物にならないほどだ。人工的な薄青い光と違って、温かい暖色であるのもどことなく心強い。
「こうなると、いよいよ冒険ぽくなってきたな」
と亮月は言う。有坂はそれを受けて「どっちかっていうと、肝試しっぽいけどね」と返す。実際にはただの遭難だった。
遭難者三人は、炎の灯りを頼りにして洞窟の奥へと進む。
また高台に出た。さっきまで天井から溢れるように降り注いでいた日の光は、もはやほとんど力を失っていた。ただただ巨大なボンヤリとした暗黒が空間を覆っている。
完全に真っ暗でない分、逆に不気味さが増しているように思えた。
無言で階段を降りた後、長谷川たちは顔を見合わせる。
――さて、どうするか。
少しの沈黙の後、有坂が道を指し示した。
「壁沿いに行くのが良いと思う。百パーとは言わないけど、出口が有るとしたら壁沿いだろうから」
この言葉に長谷川も亮月も頷き、三人は右手側を壁にして闇の中を進んで行く。
誰が始めるでもなく、なんとなくの沈黙が辺りを覆う。
進む度に響く土の音。
どこかで流れる川の音。
時折通る風の音。
右手に延びる土の壁。
前には無限の黒い幕。
どこまで行っても、どこまで行っても、何も変わらない景色。
いつになったら、出口が見えるのか。
出口はどこにつながってるのか。
あとどれくらいで出られるのか。
――そもそも出口など本当にあるのか。
――このまま地上に帰れないんじゃないか。
長谷川は本気でそう思う。
その可能性は決して低くない。
――いや、エレベーターがあるということは人が来ると言うこと――
と考えるが、自分たちが生きている間に誰かが降りてくる保証は何もない。
一ヶ月に一回しか来ないのかもしれないし、一年に一回かもしれない。
そして、きっとその一回は神隠しの起こった先週のことなのだ。
絶望が暗闇を彩り始める。
だんだんと息が重くなる。
疲労からなのか、それともこの空間に押されているのか。
何もわからない。
ただ、呼吸をするのが――辛い。
長谷川は苦しくなって後ろを振り返る。
まだ、二人はいるのだろうか。
――有坂は、確かにいた。
些か場違いに、きょとんと目を丸くして立っている。
亮月は、いない。
長谷川が亮月の姿を探そうとした途端、ドッと下から音が聞こえた。
「痛い」
足元から呻くような声がする。
「大丈夫?」
有坂が言葉を掛ける。
呻き声の主は、
「すみません。おしり打っただけ」
と言って、土に手を着いて長谷川の方を見る。
「危ないな。結構ぬかるんでるところとかあるみたい。長谷川も気をつけろよ」
無様に転んだ人間から心配された長谷川は、少しの間呆気に取られていたが、やがて亮月に手を差し伸べる。
「要らない」
亮月は何故か断る。
「お前、バカにするような目で見んだもん」
そう言って彼女は照れたように笑う。
「違うよ」
長谷川は彼女の言葉を否定して、亮月の手を引く。彼女はなおも照れたようにしながらも、素直に引き上げられた。
「天才だなって思ってさ」