3 夕麗 Lost In Logic (20)
エレベーター前までのうねり道。歩きながら長谷川はこれまでの話を亮月に説明する。わかっているのかわかっていないのか、亮月は頻りに相槌を打っていた。普段はうるさいが、人の話を聞く時はちゃんと素直に一生懸命聞くのが彼女の良いところだと長谷川は思う。
エレベーターの直前まで来てやっと話が終わると同時に、亮月は口を尖らせた。
「それ、先に言えよ」
溜めに溜めた挙句の散々な感想である。長谷川が「せっかく教えてやったのに」と控えめに抗議すると、彼女はこう返す。
「だってさ、それ知ってれば全然怖くなかったじゃん。さっきの壁画だって、そのナビトってのが昔描いた物なんだろ? じゃあ全然怖くないじゃん。怖がって損した」
――そうか、彼女がやたら怖がっていたのは知らなかったからか、と長谷川は納得する。と言っても、あの壁画を見た頃、長谷川はそんな話は忘却の彼方に置いてきていたわけだが。
「私、異次元の空間に紛れ込んだのかと思っちゃったぜ。それか、怪しげな組織の拠点とか。あーあ、なんだ戻ってきちゃって失敗したな。よし、もっかい探検行くか」
と、亮月は無茶な提案をするが、有坂が断固とした態度で首を横に振る。
「怖いからイヤ」
相変わらず、この人の言う事もよく分からない。
ただ、長谷川もそれに同調して「もう暗いし」と消極的な後押しをしてみせると、さすがの亮月も否とは言い切れなかった。少しつかれた表情をしているのを見ると、端から彼女も再探検する気概はなかったのかもしれない。そう思いながら歩いていると、ようやく出口が見えてくる。
この洞窟の出口たるエレベーターは扉を開きっぱなしにして、長谷川たちを出迎えた。
――そういえば、これって自動的に閉まらないんだな、と今更ながら長谷川は気づく。
「えっと、上に行くには……このボタンを押せばいいんだよな。入って入って」
一足早くエレベーター内に飛び乗った亮月は、洞窟に残った二人を急かす。流石に彼女も外の灯が恋しくなったのだろうか。言われるまま長谷川はエレベーターに入り、ふと有坂の顔を見る。笑っているのか、怒っているのか、相変わらず顔色は読めない。その時、視線に気づいたのか有坂が顔を上げて、長谷川に目を向ける。目を逃がすタイミングを失った長谷川は仕方なく
「大冒険でしたね」
などと害の無い話題を振る。有坂は無言で肯定するように微笑む。長谷川もつられて笑みを見せる。
「――もう、上のほうは暗くなってるのかな」
有坂にそう言われて、時計を見る。針は七時を少し回ったあたりを示している。なんだかんだで、降りてきてから一時間ぐらい経過しているようだ。夏至に向けて日が伸びてきているのでまだ外は明るさが残っているだろうが、ずっと洞窟の中にいると日が地上を照らしているという感覚がなくなる。
「あれ? おっかしいな」
亮月が声をあげる。
「どうしたの」
「動かないぜ。これ」
そう言われて、この四角い箱が一向に地上に向かおうとしていないことに気づく。エレベーターに乗ってからしばらく経ったはずだが。
「操作間違ってんじゃないの」
長谷川は考えられる中で最も可能性の高いものを挙げる。
「操作って、ボタン四つしかないし。上と下。開くと閉じる」
亮月が反論する。確かに、それは降りてくる前にも確認した。
恐らく降りる時と同じような操作をすれば、動くのだろう。――さて、どうやって降りてきたのだったろうか。
「閉じてから、上を押すんじゃないの」
有坂が言う。
「閉じてから上を押すのも、上を押してから閉じるのも両方やったけど」
有坂はそれを聞くとしばし黙っていたが、何やら頷いて
「重量オーバーかもしれないね。私外で待ってるから、二人先にいきなよ」
と言って、洞窟の方へと戻る。亮月は怪訝そうな顔をする。
「でも、来るときは、普通に動いたんだけど。あ、計器狂ってんのかもな。古いし」
一人で納得して、彼女はボタンを操作する。彼女は何パターンか試しているようで、閉じるを押してから上ボタンを押したり、上ボタンを押してから閉じるを押したりしている。終いには、下ボタンや開くボタンなどもガチガチと押していたが、何をやってもエレベーターはピクリとも動きはしなかった。
「ダメ……みたい」
亮月は、か細い声を出す。
「貸して」
長谷川はそう言って操作パネルの前に立ち、考えうる全てのパターンを試し始める。有坂も含め三人で思いつく限りの操作を行い、洞窟側になにかスイッチが有るのではないかと調べたりもした。
そうして試行錯誤の連続の後、結論が出たのはそれから三十分ほど経過した頃であった。




