3 夕麗 Lost In Logic (19)
探検の終わりである。
三人はあの壁画が描かれた建物を背にして、高台の方へと歩き始める。
「ところでさ」
歩きながら、有坂が長谷川の方に顔を向ける。
「これって、アレだよね」
彼女の謎かけはいつもわかりにくい。長谷川は少し頭をひねっていたが、やがて降参する。
「アレってなんですか」
「ナビトだよ。ほら、昔この辺に住んでた古代の部族」
「ナビト?」
どこかで聞いたことがあるような気がする。
「覚えて――ないの」
と、有坂に妙に悲しげな顔をされると、さすがにまずいと思って長谷川は頭をフル回転させる。
「思い出しました! 樫森さんの家で祀ってる神様が統率していた部族」
「そう」
有坂は安心したようにそう言う。長谷川が有坂との会話を忘れていたことには変わりない。ひょっとすると、さっき有坂が悲しげな顔をしたのは、彼女との会話を長谷川が覚えていなかったのを悲しんだわけではなく、長谷川の記憶力のなさを儚んだだけなのかもしれない。
「その部族の遺跡がこれなんじゃないかってことですか?」
「確証はないんだけど」
有坂は自信なさげにそう言う。確か、かつてこの周辺はナビトと呼ばれる部族が辺りを取り仕切っていた。少なくとも、一部の書籍にはそう記されているのだそうだ。しかし、それは史実とは考えられていないらしい。何故なら遺跡が一切発見されていないからである。もし、この巨大な洞穴にナビトが居住していたとすると、この建物や階段は全てナビトの遺跡だということになる。それはつまり、ナビトという過去の部族の実在が証明されることにもなるのだ。そして、樫森がその末裔だと言う話も俄然信憑性を増して来る。――いや、本人はそんな話は言ってなかっただろうか。
とにかく、この遺跡が日本の古代史研究に大きな一石を投じることは間違いなさそうだ。長谷川が思考するように、有坂も何やら考えながら歩いている。
「例えばあの壁画なんかも、中央勢力との戦いを描いた時のものなんじゃないかと考えると――いや」
彼女は自分の言葉を自分自身で否定すると、
「少し願望や妄想が入ってるね。あまり良いことじゃない」
と冷たく呟く。そう言って長谷川の方を向くと、
「今の話を裏付ける証拠は、何も無いよね」
と言った。この洞穴自体が証拠にはならないのだろうか。そう訊こうとしたが、先に足元に気を取られる。段差である。さっき降りてきた階段の前にまでたどり着いたようだ。
一歩目を階段にかけて登り始める。改めて長谷川がさっきの件について訊こうとすると、先行する亮月が振り返って先に質問する。
「さっきから何の話してんの?」
言った途端、彼女は急にバランスを崩す。段差に足が引っかかったらしい、彼女は「やっべ」と手を広げてバランスを取り直そうとするが、だんだんと足が地面から離れ、身体の重心が背中の方へと傾いていく。
長谷川は慌てて、後ろから手を伸ばして彼女の背中につけ、ぐっと押さえた。そうして、ようやく体の落ち着き場所が定まった彼女は、「危なかった」と案外冷静に言いながら、
「えへへ。悪いね、長谷川」
と照れくさそうに礼を言う。
「良いから前見て歩きなよ」
「うん、でもさっきの話」
「それは、階段登り終えてから話すから」
長谷川がそう諭すと、亮月は
「大丈夫だから――って言えないしな。さっきのやっちゃったし」
と、素直に従う。
そうして三人は黙々と階段を登っていく。
ふと、長谷川は登りながら地底の方に目を向けた。
――こんなに暗かっただろうか。
最も日差しの強かったあの壁画の建物ですら、長谷川の場所からは確認しづらくなってきている。
――日が落ちたのか。
天井から差し込んできている光の量が、明らかに減ってきている。それに伴って、地面の色は徐々に黒色を加えていき、洞穴内は不気味さを増していく。
長谷川は前方に目を戻す。
あの亮月の持つ携帯電話の明かりだけが、いよいよ頼りになってきた。
やっと、光源の動きが安定する。高台の頂上に到達したようだ。
長谷川も少し力を入れて最後の段差を登りきる。
「真っ暗だね」
頂上から地底を眺めた亮月がぼそりと呟く。どこか不安気なトーンなのは否めない。自分でも気づいたのか、亮月は明るい声で「それでさ」と言う。
「さっきの話ってなんなの?」