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有坂神霊縁  作者: iotas
31/63

3 夕麗 Lost In Logic (9)

 ――鳥居が見えてくる。

 前回来たときは、すでに辺りは真っ暗だったが、今回はそれよりも早い時間に来たため、まだ日は地平線の上に有る。そして、そのいつもより赤い夕日は空を紅に染め、染まり上がった空は地上に降りて大地を紅く覆う。山も街も人も例外はなく、全てが紅のベールを身に纏い、今に来る夜闇への準備を整えつつあるようだ。

 まっすぐ見据えた先にある赤い鳥居は、その中でも一層紅かった。太陽から降り注ぐ紅の粒子に負けまいと、自らの赤さをより一層際立たせているかのようだ。その鳥居から長く伸びゆく濃く黒い影は、背後の山へと覆い被さっていく。

 その鳥居の姿や立ち振る舞いは、不気味を通り越してどこか神々しさを感じさせた。これも神徳の為せる業なのかもしれない。

「夕麗っていうのはこんなのなのかなあ」

 有坂がポツリと言う。

「セキレイ?」

 長谷川の問いに、有坂は――うん、と頷く。

「夕やけの夕に麗しいの麗。西山っていう漢詩で、そんな言葉が有って」

 ――好きなんだ、と有坂は言う。

 夕麗。長谷川は空を見上げる。夕焼けはだんだんと朱を増していっている。それに応じて、空をたなびく雲は、白と赤のコンストラストが鮮明になっていく。夕麗というのは、こういう空が美しく染まりきった状態を言うのだろうか、それともこの自分たちの住む大地が染まりきった状態を言うのだろうか。それとも――両方なのか。

 遠く地平を眺めると、そこに存在する全ての家々がゆっくりと美しい赤に浸っていくのが見える。

 何か感傷的になって長谷川は視線を戻す。

物象余清(ぶっしょうよせい)()し、林巒夕麗(りんらんせきれい)(わか)つ」

 有坂は何やら漢詩の一節を口ずさみ始める。

 なんとなく有坂の顔が見られなくて、長谷川はうつむく。――理由はよく分からない。

そして、黙って足を進める。有坂も何度か口ずさんだあと、黙ってしまう。

 いつもなら、居心地の悪さを感じざるを得ないようなこの状態も、今は何故か許容できた。

 カアカアと遠くでカラスの鳴く声がする中、二人は揃って鳥居へと影を伸ばして行く。

 すっかりとセンチメンタリズムに染め上げられて、長谷川は思う。

 きっと夕焼けと言うのは、そういう雰囲気を生み出す魔力を持っているのだ、と。

 

 ――そして

 そんな全ての雰囲気は、彼女の一声によってぶち壊される。

「なに? 黄昏てんの?」

 後ろから突然声をかけてきたのは、例によって亮月である。彼女は何故か「後で追いつくから先に行ってて」などと言って長谷川と有坂を先行させていた。

 すっかり雰囲気を台無しにされた長谷川は、たった今殺されたかのような目つきで亮月の方を振り向く。いつもの長髪に、いつもの顔、いつものバッグ。そしていつものとは違う彼女の服は、上下とも赤一色に染められていた。

 ――もちろん、夕焼けのせいではない。

「なんでジャージなんだよ」

 当然、褒めたわけではないのだが、亮月は誇らしげにジャージの袖を伸ばして、「着替えてきた」という。

「ほら、これから大冒険があるかもしれないじゃん。だからさ、備えあれば憂いなしって奴」

「大冒険ってなんだよ」

「これから神隠しの犯人を探しに行くだろ? そしたらさ、悪の組織かなんかと戦うことになるわけだ。ぜってー動きやすい方が良いって」

「うん……」

 全然意味をつかめぬまま、長谷川はなんとなく同意してしまう。彼女以外の全ての人類が知らない間に、亮月はこれからのストーリーを全て組み上げてしまったらしい。

 

 ――今日は、神隠しの原因を調べに行くのが目的ではなかったのではないか。

 ――なぜ犯人を探すと大冒険になるのか。

 ――そしてまだ見ぬ犯人は何故悪の組織に所属していることになっているのか。

 ――所属しているとして、なんで僕らが戦わなければいけないのか。

 ――そもそも犯人がいるなんてことはいつ決まったんだ! 

 

 さて、どこから彼女の誤謬を正そうかと考えている間に、有坂が先に訊いた。

「悪の組織ってどんなの?」

 微妙にポイントが違う気がする。それには亮月も少し考えてから、

「それは、神社なら神主さんの組織じゃないの」

と言う。彼女の考えていた時間は完全に無駄だった。

「神主さんの組織っていうと、神社本庁とか?」

 有坂の言葉に、亮月は「それだ」と叫んで大きく頷く。

「神社本庁! 日本政府の裏組織だな。実に怪しい」

「確かに、人ひとりが消えたのに誰も騒いでないってことは、相当大掛かりな隠蔽工作がなされた可能性が高いよね。だとしたら、国が関与している可能性もある」

「そうそう。大体、こういうのは仏のような顔をしているような奴が犯人なんだ」

 そう言って、亮月はあれこれと考えるような仕草をした。

「そうなると警察もアテにならないよな。だとすると、ほら――」

 彼女は道の前に回り込んで、こちらを向く。

「やっぱり、私たちが助けにいかないといけないじゃん!」

 そういって、彼女は「今から世界の救世主になる」ぐらいの気概を込めたように手を横に広げる。

 有坂は笑いながら、その更に横を通り過ぎ、

「ま、神社本庁は国の組織じゃないんだけどね」

と付近一帯が全て凍るほど冷静に言い放ち、「それより――」と長谷川に水を向ける。

「なにか思いついた?」

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