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有坂神霊縁  作者: iotas
26/63

3 夕麗 Lost In Logic (4)

 ベコ、ベコと緊張感のない音が周期的に聞こえる。

 亮月が中身の無くなった紙パックから、少しでも水分を摂取しようと涙ぐましい努力をすることによって発生する音だ。あの後、亮月は、自動販売機からジュースを買ってくる、と言って部室を出て行った。ひょっとすると、乱された自分のペースを掴み直そうとして席を外したのかもしれない。

 そして数分後に帰ってきた亮月は、右手に持ったオレンジジュースのパックをすぐに空けてしまい、時々今のように、どこかの民族楽器のような素敵なメロディを奏でている。

 亮月が居ない間に話を進めるわけにもいかず、話題も見つけられなかった長谷川は憂鬱な空模様を眺めて時間を潰していた。その間、有坂は何をしていたかというと、問うまでもなくいつものように本を眺めていた。

 ともあれ、亮月が戻ってきたので話は再開される。

「じゃあ、始めようか」

 有坂はそう言って本を置く。長谷川は自分で確かめるように状況をまとめる。

「えーっと、亮月が誰かから話を聞いた可能性があるっていうところですよね」

 亮月が会った可能性のある全ての人に対して、神隠しの話を亮月にしたという可能性が無いことを証明する。とても、不可能に思える。

「まず、亮月の幼なじみの――」

「待って」

 話を始めかけた長谷川を有坂が止める。

「全員分やるつもり? それってムリ」

 それはそうだが――それをやる以外の方法はあるのだろうか。

 有坂は言う。

「そうじゃなくて、まず亮月に神隠しの話をした人が――」

 ――もちろん可能性の話だよ、と有坂は気づいたように断って言う。

「――その人がどんな話を亮月にしたのか、ってことを考えない?」

 よくわからない。

「話した人すらも仮定しないで、その人が話した内容を考えるんですか?」

「そう」

 幾ら何でも無茶苦茶なように思える。

 人がわからないのに、話の内容だけ推理するなんて芸当が可能なのだろうか。

「簡単だよ」

 有坂はこともなげにそう言う。

「話したのが誰かはわからないけど――。その人が神隠しの話を誰に対してしたのかってことはわかる?」

「それは亮月に決まっています」

 ――そうだよね、と有坂は頷く。

「じゃあ、次に亮月はその話を誰にしたかってことは?」

 ――それは

「僕たちじゃないんですか?」

 誰からかは知らないけれども亮月は、神隠しの話を聞いた。そして、亮月はそれを長谷川と有坂、土師の三人に話している。

 有坂は微かに笑って言う。

「じゃあ、亮月がどんな話をしてもらったのかもわかるんじゃない」

 確かに、単に話が右から左に流れているだけだ。つまり、長谷川たちが亮月から聞いた話を思い起こせば、自然と結論は出てくるはずだ。

 しかし――

「わかりません」

 長谷川はそう答えた。

 そう答えるしかなかった。

 何故なら――

「僕らは亮月から何の話も聞いてないじゃないですか」

 そうだった。

 亮月から長谷川たちが聞いたのは、二日前に神隠しが起こったこと。そしてそれは神社の鳥居の前で起こったこと。その二点だけだったのだ。

 つまりは、ほとんど何もわかっていないのと同じことだった。

 また少し笑みを浮かべて、有坂は頬杖をつく。

「それ、おかしくない?」

 確かに変だった。いくらなんでも情報が少なすぎる。

「一つだけ訊いても良いかな?」

 有坂は亮月の方に顔を向ける。亮月は紙パックを両手に持ちながら、机の上に覆い被さるようにしながら頭だけ上げて話を聞いていた。

「なんで、亮月は私たちにその話をしてくれないの?」

 有坂はそう問う。亮月は少し黙っていたが、やがて小さな声で

「だって――知らないから」

と弁明した。そして有坂は、

「何も知らないの?」

と更に尋ねたが、亮月は自信なさげに黙って頷くだけだった。

「さて――」

 有坂はもう一度長谷川に顔を戻す。

「これで二つ目の可能性が否定されたね」

 ――え?

 長谷川は思わず口に出す。否定――されただろうか。

「長谷川君」

 有坂が呼びかける。

「自分の立場になってみればわかるよ。今の状況で、長谷川君は他の人に、一昨日の神隠しのことを話して回ることができるかな」

 彼女はそう訊いた。

 長谷川は考える。

 神隠しが――鳥居の前で――起こった。

 被害者は不明、目撃者も不明、証拠もないどころか、何が起こったかすら詳しくわからない。こんな事件を人に話すなんて――

「とても無理――ですね」

 その言葉に有坂は大きく頷く。

「そう、こんな中身のない話が巷間に出回るわけがない」

 彼女はそう結論づけ、

「だから、亮月が他の人から神隠しの話を聞いたとは、とても思えない」

 そう断じた。


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