3 夕麗 Lost In Logic (3)
「――じゃあ、改めて訊こうかな。亮月はどうやって一昨日の神隠しを知ったのか」
結論はすでにわかっている。亮月は自分の目でそれを見たのだ。
「私は見てないぜ」
亮月がからかうように口を挟む。あれだけぐだぐだと文句を垂れたくせに、いきなり偽証しているじゃないかと長谷川は思ったが、亮月のことなので気にしないことにした。
――とにかく――神隠しを見ていないという前提の下で、亮月が神隠しのことを知った可能性を考える必要があるようだ。
そう――例えば
「土師さんから話を聞いたっていうのはどうですか? 廊下でバッタリ会って、話の流れでそういう話題になったとか」
土師と亮月は面識があったはずだから、あり得ない話ではないと思う。
有坂も口元を緩める。
「うん、それは可能性としては考えられたよね。でも――」
――それは否定されているね、有坂はそう言う。
「土師君が言ってたよ。『一昨日の話は新谷さんから聞いた』って」
「言ってましたか?」
覚えていない。
「ほら、最初に土師君が部室に入ってきたときだよ。ええっと、なんて言ったんだっけ。『自分も神隠しを見たんだ』だったかな」
そんなことを言っていたような気もするが、よく思い出せない。
「そうしたら、長谷川君が勘違いして『昨日の神隠しですか?」とか聞いたでしょ。そうしたら土師君は」
「『ああ、新谷さんから聞いたアレか』」
「そう、それ」
――思い出した。確かに彼はそう言っていた。土師が五年前の神隠しについて話そうとしていたのを、長谷川が早とちりした時のことだ。ただ、その時は神隠し事件が二回も目撃されていることすら知らなかったのだから、勘違いを起こしても仕方がないと思う。そしてだからこそ、土師が「五年前にも同じのを見た」と言い出したとき、長谷川は声を上げて驚いてしまったのだ。
「――だから、亮月が土師君から一昨日の神隠しの情報を得られるはずがない」
有坂がそう結論づけると同時に、可能性が一つ、あっさりと消え失せた。驚くほどあっけなく、たった一言の証言が提示されただけで。
無限に存在するように思える可能性も、彼女の手にかかれば、ほぼ全ての存在が一日のうちに否定されてしまうに違いないと思えた。
そしてそのとき最後に一つだけ残る可能性は、仮定としてではなく厳然たる事実として提示されるはずのものなのだろう。
彼女はいつも通りの淡い表情で、長谷川の方を見つめている。
「土師君は無い。じゃあ他には?」
他の可能性。今はまだ無限の余地を与えられている可能性。
長谷川はふと息を吐く。
「じゃあ、亮月の友達とか知人とか、とにかく周りの人から話が入ったって言うのはどうですか」
「具体的には?」
有坂は問う。
「具体的にはって――」
長谷川は悩む。
「幼なじみの小林、親友のエリ、ナル、ヒロ、数学の加藤先生、商店街の菊池さんに、隣の家の関口さん。贋作師の秦さんに、ホームレスのノブ爺さん。平巡査の大堀さんや錬金術師の遠野さん。まだまだ居るぜ。誰だと思う?」
亮月が茶々を入れる。たまに怪しげな人物が入っているのが気になるが、それどころではなかった。そう、亮月が話を聞いた可能性がある人物なんて、それこそ星の数ほど居るのだ。彼ら、彼女らが亮月にその話をしていないと主張するのであれば、話をしていない証拠を提示しなければならない。いわゆる悪魔の証明である。それも天球に無数に瞬く点の数ほどの。
「逆に、話したのが誰なのか、亮月から言ってよ」
「だから、イヤだって。それ言って本人に確かめられたら困るじゃん。近所から『あの新谷の家の娘は平気で嘘をつくひどい変わり者なのよ』って噂になっちゃう」
「前半はともかく、後半はもうなってるんだろうから良いじゃん」
「どういうことだよ」
どういうこともこういうことも無かったが、小突かれそうだったので敢えて指摘はしない。とにかく、亮月は一切協力する気はないらしいことが、改めてわかった。実際にはもう自白してるも同然なのだが――。
「いいよ。亮月が話さなくても、なんとかなるから」
そうなのだろうか。
「道理に沿えば、その人たちが亮月に神隠しの話をしたはずはないよ。もちろん――道理に沿わないことが起こっているなら別だけどね。亮月の周囲の人がよっぽど奇人揃いで常識外れの人たちだったら――」
殊更に亮月の周りであれば、いかにもあり得そうな話じゃないか、と長谷川は思う。しかし亮月はきっぱりとこう言い切った。
「みんないい人たちばっかりだぜ。そんなおかしなことはしないよ」
亮月はこう見えて、他人思いのところもある。しかし今、その性格のまま、こんなことを言ってしまうのは、まんまと有坂の思惑に乗せられてしまうようなものだった。
何故なら亮月の発言はこう宣言したのと同じことなのだから。「この神隠し事件のきっかけについては、道理に合わない展開は一切ない」と。
つまり、亮月のお家芸である「屁理屈」を自らの手で封じ込めたようなものだった。
有坂は整った口元を少し歪める。
「そうなることを祈ってるよ」
その言葉を聞いた瞬間、長谷川は自分の首筋が少しだけ冷たくなったのを感じた。