2 部室、去りし古を語り、釣れる禍神(13)
――一瞬のことだった。突然、何者かに肩をつかまれた長谷川は声を上げようとする。
その刹那、相手の手が長谷川の口をふさぐ。
――しまった。と長谷川は思う。
どうやら寝てしまったらしい。
そして、その瞬間をついて何者かが長谷川の口を封じようとしているのだ。
血液が頭に登り、全神経がパニックに陥る。
――逃げなくては。
混乱しながらも脳はそう判断し、まさに暴れて逃げだそうとしたとき、目の前に顔がぬっと現れる。新谷――亮月だった。
「なにやってんだ馬鹿」
急激に体温が下がる。
それと同時に彼女に対する怒りがこみ上げてくる。
――いったい何でこんなことを、と言おうとしたが、その前に亮月は黙ってある一点を指し示した。
――鳥居の方向だ。
寝ぼけた目でその位置を注視してみると、何やら影が動いているのが見える。
人影のようだ。
鳥居の横に立って、何やら見回しているようだった。
それを見て、長谷川の背中に冷たいものが走る。
――明らかに挙動がおかしい。
不審な人物は何回か鳥居の周りをうろうろとした後、立ち止まったようだ。
長谷川たちの位置からは、ちょうど鳥居の柱が視界を遮るため、直接姿を見ることは出来ない。
そして、その不審者がいる場所の付近に明かりが点る。
懐中電灯か何かをつけたのだろうか。
顔などはよく見えないが、人影は思ったより小さいように見えた。
――そのとき、突然携帯電話が鳴る。
亮月が小さく悲鳴を上げる。彼女の携帯だった。
彼女は慌てて上着のポケットから携帯を取り出そうとするが、なかなか上手くいかない。
やっと手に取った頃には、着信音はすでに途切れていた。
その代わりに、人が土を踏む音が聞こえてくる。
さっきまで鳥居の横にいた影が、ゆっくりとこちらに足を進めてきている。
長谷川の顔から血の気が引く。
近づいてくる影は――右手に不気味に光る物を持っていた。
長谷川は逃げようとして、亮月の腕を引く。
亮月は――立ち上がらない。
彼女はどういう訳か、長谷川の脚を軽くぽんぽんと二回叩き、にっと笑う。
それを見た長谷川は、近づいてくる影をもう一度確認する。
――そして、ようやく状況を理解する。
「――なにやってんの」
そこには携帯電話を片手に持った有坂が、呆れ顔で立っていた