2 部室、去りし古を語り、釣れる禍神(12)
結局、長谷川と亮月は、鳥居を望める森の中に姿を潜めることになった。森に覆われた暗闇の中に、人工的な白い光がぼんやりと点っている。長谷川はその人工的な光を生み出している携帯電話のモニターを、少しの間恨めしそうに見つめて、ゆっくりと閉じる。
「親に電話したか?」
携帯を閉じた長谷川に亮月が訊く。
「今日は帰りが遅いから、ちょうど良かったってさ」
そう答えた。
モノを知らない幼い頃、長谷川はこう思っていた。
昼間だろうが夜中だろうが、一日中遊び歩いていても、親からガミガミ言われなくなるのが高校生という職業の特権なのだと。カラオケに行ったりデートをしたり、好きなように遊んでいて楽しそうだし、早く自分も高校生になりたいものだと。なんとなくそう思っていたのだが、もちろん実際はそんなフリーダムな身分では無かった。
無断で夜中まで遊び歩いていたら怒られるのには変わりがない。
バラ色の生活を夢見ていた少年長谷川にとっては、それは耐え難いほど残念な事実では有ったし、今憂鬱に浸っている青年長谷川にとっても煩わしい制約ではあった。
――しかし
今日に限っては、積極的にその制約をかけて欲しかった。「バカなことやってないで早く帰ってこい」と言って欲しかった。何故なら今、その制約が外されてしまったがために、長谷川はこの馬鹿げた作戦から逃げ出す好機を失ったのだから。
――嘆いていても仕方がない。
長谷川は諦めて、近くにある倒れた木の上に座った。
「亮月は大丈夫なの?」
と訊くと、彼女は大丈夫とだけ答える。根拠はよくわからない。
そして監視は始まってしまった。
といっても、何をするわけでもなく、ただ鳥居を見ているだけだ。
――当然、すぐにだれてくる。
言いだしっぺの亮月も、最初の五分ぐらいまでは真面目に鳥居を監視していたが、だんだんとやる気を失っていくのが見てとれた。
「一つ訊きたいことがあるんだけど」
頃合を見計らって、長谷川が話しかける。
「昨日の神隠しは誰が見たの?」
――昨日の? と亮月は長谷川の方を振り返る。
「土師さんが見たのは、五年前の神隠しなんでしょ? でも神隠しって昨日も起こったって話だったと思うんだけど。じゃあ、それの目撃者もいるんだよね」
――ああ、と言って亮月は少し困った顔をする。
「そっちのほうは――私も詳しい話知らないんだよな。でも――多分無駄だと思うぜ」
――無駄? 長谷川は訝しげな表情を浮かべる。
亮月は一回頷くと、彼女が神隠しの話を初めて耳に挟んだところから、今に至るまでの経緯を話し始めた。彼女の話は、時系列が唐突に前後したり、わき道に逸れたりして、容易に理解しうるものではなかったが、要するに亮月も色々調べてみたが、結局は誰が何を目撃したのか知ることは出来なかった、ということのようだ。
――ふうん、と長谷川は首を傾げる。
どうも不気味な話だ。
話の出所は不明。詳細も不明。それだけであれば、単なるデマと一笑に付せるのだが、不思議なことに、五年前と場所と現象だけは一致している。
土師の話を聞いた誰かが、それに便乗してデマを流したという可能性も考えにくい。
何しろ元の事件が五年も前である。便乗犯が出るには少し期間が空きすぎている。
話した当の亮月も、長谷川と同じように事件の不気味さに気づいたのだろうか。何やら不安げな表情を浮かべている。
――考えても仕方が無い、と長谷川は思う。
何しろ材料が少なすぎる。
推理小説で言えば、容疑者の名前すらまだ出揃っていないような段階で、これ以上考えても答えは出そうに無かった。
そこまで、一応の結論を出して、亮月の方を見やると、彼女はすでに鳥居のほうに目を戻している。
――いつまで続けるのだろうか。
長谷川はそう思いながら、何気なく空を見る。
金色の三日月がゆっくりと天頂に近づきつつあった。
――あの月が空の天辺に到達する頃には帰れるだろうか。
ゲコ、ゲコ、とどこに居るのか蛙の声が聞こえ始める。
長谷川は憂鬱な気分に襲われながら、亮月の背中を見つめる。
帰ろうとする気配はない。
――まだまだ、か。
長谷川のため息にまぎれて、まだ少し冷たい風が草を揺らす。
それに応じるように蛙の鳴く声がだんだんと高まっていく。
そうして、蛙の声に急かされるように、春の夜は更けていった。