2 部室、去りし古を語り、釣れる禍神(11)
二人が大鳥居にたどり着いた頃には、すでに周囲は真っ暗だった。
それを認めた亮月は「家から懐中電灯を持ってくるよ。大体、十五分ぐらいで戻ってくるから」と言い残して駆け去っていった。別の日にすればいいんじゃないかと思ったが、それを言う間もなく彼女の姿は遠く、小さくなってしまった。
残された長谷川は、やれやれと思いながら大鳥居の調査を開始する。
改めてみて、今更ながら鳥居の大きさに驚かされる。
柱の太さは長谷川が左右から手を伸ばしても抱えきれないぐらいあるし、鳥居の天辺はこの暗がりの中では視認することができないほど高いところに存在している。鳥居の真下から見ると、夜空に散らばった星の光点が笠木で途切れるため、ようやく頭上に何かがあることを認識できる程度である。
構造も変わっている。木材によって造られている鳥居なのだが、普通木製の鳥居というのは、巨木を丸々一本加工したものを柱としているイメージが強い。しかし、この鳥居の柱は複数の木材を組み合わせて作られたらしく、まるで積み木のような外観になっている。それもガッシリと固められたものではなく、積み木の接合部には、小さい木の板程度であれば簡単に差し込めそうなぐらいの隙間があった。
次に鳥居の周囲を確認する。
鳥居の前は十字路になっていて、神社側以外の三方向にはアスファルトの道路が通っている。
鳥居から見て右手に進むと長谷川たちの通う学校に、左手に進むと住宅街に出る。
そして鳥居を背にして道を直進すれば駅前の商店街に出るはずだ。
土師がどの道を通ったのかはわからないが、いずれの方向にしても街灯はほとんど見当たらない。
駅から反対側、つまり鳥居から神社の境内にかけては、森が広がっている。
もちろん道は通っているが、こちらはアスファルト舗装ではなく茶色い土の道だった。言うならば、鳥居が人工物の世界と自然物の世界の境目になっているようだ。
長谷川は境内側の地面を歩いてみる。
誰かが整備をしているのだろうか、草の生えていない土壌は、やわらかくふかふかとしている。試しに足で土を掘り出してみると、容易に穴を作ることが出来た。それを確認した長谷川は、神社のある森の方を見やる。
――そこは文字通りの真っ暗闇である。
さすがに長谷川もその暗闇を突っ切って神社に向かう勇気は無い。
そうしてその後少しの時間、辺りをうろうろとしていたが、特に不審な点は見当たらなかった。
「おい、何やってんだ」
不意に声がかかり、長谷川は振り返る。そこに居たのは懐中電灯を片手に持った亮月だった。制服姿のままなのを見ると、着替もせずにそのまま戻ってきたらしい。
「いや、ちょっと調べてたんだよ」
と長谷川が答えると、彼女は一回周囲を見回してから、少しあきれた表情で
「お前、案外勇気あんのな」
と言う。
一瞬、彼女が何を言っているのかわからなかったが、どうやらこの誰もいない暗がりの中で、平然と探偵ごっこをやっているのが奇異に映ったらしい。
単に無神経なだけかもしれない、と長谷川は思う。
思えば、中学校にやった肝試しなどでも、怯えたことは一回も無かった。
なおも、亮月はキョロキョロと辺りを窺っていたが、やがて――ま、いいや、と言うと長谷川の方に向き直り、
「何かおかしなもん有ったか?」
と問う。長谷川は無言で首を振る。
「そりゃ無いよな。異世界への扉みたいのなんて。ヒカガクテキだしな」
何だか知らないが、いきなり話が異世界の次元へとワープした。
「そんなの探してないよ」
何故か、亮月はきょとんとした顔をして
「じゃあ、何を探してたんだよ」
と言う。
これはもう、目と目で通じ合うとかいうレベルの話じゃない。別の文明の民族となんとかコミュニケーションを取ろうとしているのと同じだ。
ただ幸いなことに、言語だけは共通のものを用いているようなので、長谷川は説明を試みることにした。
「どっかに体を隠せるようなものがあるのかと思ったんだよ。ほら、推理小説とかであるだろ。少し目を放した隙に犯人の姿が消えて」
「実は秘密の抜け穴があったとか?」
――それはないぜ、と亮月はやけにきっぱりと否定する。
「なんでだよ」
「だってさ、わかるよ。そんな不自然な動きしてたら。いくら暗くてもさ」
長谷川は納得できない。
「そうかなあ」
そのあからさまに不満げな言葉を聞いた亮月は悪い顔もせず、鳥居のそばに立って何やら長谷川に指示を出し始めた。
どうやら神隠しの状況を再現しようとしているらしい。
長谷川は素直に従い、鳥居から二十メートルぐらい離れて、亮月の方を向く。――といっても、この距離からは亮月の顔は全くと言って良いほど見えない。
人影のようなものが、かろうじてぼんやりと認識できる程度だ。
「影ぐらいは見えるだろ?」
亮月が少し大きな声で訊く。
長谷川は無言で頷く。
「抜け穴って、地面に潜るわけだろ? そういうのはさ」
――わかるよ。亮月はそう言いながら実際に屈んでみたようだ。直立していた人影が不自然に小さくなる。
なるほど、確かに地面にもぐるような動きをしていたら、遠くからでもわかるようだ。長谷川はそれを確認して、鳥居の方へと戻る。
亮月はなんとなく勝ち誇ったような顔をしていた。
「だから――実際現場を押さえないとわからないってこと」
――ということは……どういうことだろう。長谷川が答えを見つけ出すより早く、亮月は威風堂々といった面持ちで正解を発表する。
「じゃあ、今から監視開始だ!」
――本気か?