2 部室、去りし古を語り、釣れる禍神(10)
パチパチと音を立てて蛍光灯に灯りがともる。神隠しという幻想によって光を失った部屋は、電気という文明の利器によってその本来の色を取り戻した。
――結局、土師は言いたいことだけ言うと、部活動が有るからと、部屋から出て行ってしまった。
そうして、部室内には三人の部員が残った。
――なんとなく口が重い。長谷川はそう感じる。見ると他の二人も同じように思っているようだ。
居心地の悪い沈黙が部室を覆う。
椅子が床をこする音を出して、有坂が立ち上がる。
「帰るんですか?」
亮月が問う。亮月はすでに机の座席から離れ、長谷川の対面の椅子に座って頬杖をついていた。
「ん、もう帰るけど、その前に本を返してくるよ」
と言って、読んでいた渋い背表紙の本を見せる。長谷川の記憶によると、それはさっき借りてきたばかりの本だった。
「前に読んだ本だったから」
と彼女は言うが、単に部屋を出るきっかけが欲しいだけなのかもしれない。
「じゃあ、私も帰る」
と亮月は言う。となると、長谷川も居残る理由は無い。
その結果、何故か三人で図書室に寄ることになった。
三人はカバンを持って廊下に出る。長谷川は部室に鍵をかけ、
「結局、なんだったんでしょうね」
と言う。
亮月は明るい声を作ってそれに応じる。
「気になるだろ? そこでさ――」
「言わなくても大体わかるよ。現場に行くんだろ?」
それを聞くなり、亮月は満面の笑みを浮かべる。
「すっげ。当たった。やっぱ目でわかるんだ」
しかし現場に行って、わかるものだろうか。長谷川は思う。そもそも、いまどき神隠しなる現象が存在するとは考えにくい。
他の二人はどう考えているのだろうか。
「でもさ、なんだろ。亮月だって、そのまま神隠しとか思ってる訳じゃないんだろ」
亮月はううん、と唸る。
「そこがさ、わかんないんだよね。ほら、私も神隠しなんて、あるわけないって思うんだよ。冷めた現代っ子だし」
「でも少しは信じてる?」
「う、うーん」
亮月は考え込むような仕草を見せる。彼女がこんな煮え切らない態度を見せるのは珍しいように思った。亮月は、前を行く有坂に話を振る。
「有坂さんはどう思う?」
有坂は振り返らずに、歩きながら答える。――さあね。こちらも煮え切らない回答だった。
そうこうしているうちに、図書室前に着く。まだ閉室まで三十分ほど時間が有った。
図書室の中には誰もいない。正確には図書委員であろう男子生徒がカウンターに座っていたが、他に生徒は見当たらなかった。
亮月などは、
「すげえ、人いないじゃん。騒ぎ放題だぜ」
などと言いながら、実際騒ぎそうな気配を見せるが、図書委員に目で制されている。とはいえ、他に生徒も居ないので、多少声を出してもうるさくは言われなさそうだ。有坂が本を返している間に、長谷川と亮月は図書室の中を見て廻る。
長谷川は図書室の中に入ったのが、今回で二度目だったので、どのような本が置いてあるのか興味があった。といっても、所詮は学校の図書室だ。一周すると、それほど珍しい本が置いてないことが確認できてしまった。
そこで、なんとなく物理学などの本が並んでいる棚で物色をしていると、後ろから肩を叩かれる。見ると、亮月が何か本を広げて立っている。その本には何やら鳥居の写真が掲載されている。
「これこれ。ここで神隠しが起こったんだ」
そして、近くの机で本を開き、長谷川を手招いた。どうやら、神社の本のようだ。その中で、三丁目の鳥居は半ページを割かれて紹介されている。
――名連神社大鳥居、高さ十八メートル直径二メートル。元々は小さい鳥居だったが、昭和初期に地元の有力者などにより今の形に建てかえられた。神社、鳥居ともに最初の建立時期は不明だが、延喜式に記載が有ることから平安時代中期までには成立していたと考えられる。名連神社の社格は国幣小社。主祭神は建御雷神。
「この建御雷神ってのが、さっき言ってた神様だね」
いつのまにか横にいる有坂が解説する。
――タケミカヅチ。ヤマトから派遣されて関東を制圧した神。この辺りで戦いがあったとすれば、その神様が祀られていてもおかしくない。
「それって何の話? ま、いいや。しかしさ、あの鳥居意外と新しいんだな。道理で有名じゃないと思った」
亮月は一人納得する。確かに言われてみると、あれだけ壮大な鳥居が、あまり知られていないのは少し不思議かもしれない。
「でも、これだけじゃ、何もわからないね」
長谷川は言う。――昔からあったということはわかるが、それ以上ではない。亮月はそれを聞くと、我が意を得たりと言う風に口元を緩める。
「だからさ、調べに行こうぜ」
結局そうなるのだろうか。普段であれば断固拒否――という無駄な抵抗を試みるところなのだが、今となっては長谷川も「神隠し」の真相を調べたいと言う気持ちに傾き始めていた。
有坂は二人の様子を興味深そうに眺めている。
「現場にいくの?」
「有坂さんも来るよね」
「ううん。二人がなにか面白い結果をもってくるのを楽しみにしてるよ」
有坂は右手に握った本を見る。また新しく借りたらしい。
――これでも読みながらね。
そう言って、有坂はにこりと笑顔を見せた。