表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
有坂神霊縁  作者: iotas
16/63

2 部室、去りし古を語り、釣れる禍神(8)

 ――あれ、と声を上げたのは有坂だった。

「科学部だ」

「こんにちは、有坂さん」

 科学部と呼ばれた彼、土師現(はじうつし)はエセ紳士のように礼をする。

 有坂は――こんにちは、と至って普通の挨拶を返す。そうして少し考えるように下を向いて、「私が部室に入ったときにはいなかったのに」と言う。

 確かに、有坂は亮月の後から部室に入ったはずだ。であれば、ドアの前で待機していた土師の姿を見なかったのは妙である。

 ――それは、と亮月は言う。

「土師さんはなんか用事があって、すぐに来れなかったから。なんだっけ、ヤヨボー?」

「野暮用」

 土師が訂正する。

「そう、ヤボヨー。だから、手が空いたら来てもらうようにしてたわけ」

 ――それで、部室の前で待たせるというのも大概だ、と長谷川は思う。

 ――なるほどね、と有坂は無表情で言うと、本に目を戻して、

「じゃあ、まあごゆっくり」

と今後交わされるであろう会話への不干渉を宣言した。


 そっけない態度だが、有坂が土師を特別嫌っているわけではない、と長谷川は思う。

意外な人物の登場に少し驚いて思わず声を上げたが、基本的には面倒くさい話には関わりたくないという、有坂のいつもの姿勢を意思表示したものだろう。

 長谷川は亮月の右隣に立っている土師の方に顔を戻す。土師は「科学部」といわれたとおり、この高校の科学部で活動をしている二年生で、総勢五人の科学部を取り仕切る部長だった。

 取り仕切るといっても何をしてるのかは知らない。土師とも以前少しだけ関わりがあった程度で、さっきの挨拶でもわかるとおり、ちょっと変わった人物――という印象しか持っていなかった。

 ただ、科学部というからには、科学的な何かをする部には違いないはずだ。だから、この怪談話と科学部という組み合わせはどうにも理解が出来ない。

「あの、土師さんは」

 ――一体なにを、と長谷川が言いかけたところで、亮月がしなやかに手を土師の方へと向ける。

「この土師さんは、なんとこの神隠し事件をカガクテキに調査している大先生なんだ」

「大先生」

「研究会も立ち上げてるんだぜ。名づけて、神隠し事件研究会」

 その瞬間窓際から、ふっ、と笑うように息の漏れる音が聞こえる。ごほん、と土師が咳払いをする。彼にも聞こえたのかもしれない。

 長谷川は慌てて場をつなぐ。

「あの、なぜ土師さんが神隠しの研究をされてるんですか?」

 土師は長谷川のほうに向き直る。

「見たんだわ。自分も神隠しをさ」

「昨日ですか」

「昨日? ああ、新谷さんから聞いたアレか」

 そう言って、土師は首を横に振る。

「五年前さ」

「五年前?」

 ――五年前ですか、と長谷川は思わず聞きなおすと、土師は首肯する。

 話が長くなりそうだ。

 土師が立っているのに気づき、長谷川は自分の対面にある椅子を勧める。

「これ、新谷さんの席じゃないの?」

「大丈夫ですよ、亮月には机がありますから」

 嫌味を言われていることに気づかないのか、亮月はそれに大きく頷く。

 ――じゃあ、と土師は席に着く。

 亮月はやはり机に腰をかけたが、長谷川の予想に反して、部室の中央の机ではなく有坂が今まさに座っている席の机に腰を下ろした。

 有坂は亮月に向かって一言二言文句を言ったが、結局は認めて口を閉ざす。

 これでとりあえず、話が出来る状態にはなった。

「あの、五年前に神隠しを見たんですね?」

 再び尋ねる。土師は大きく頷いた。

「場所も同じなんだわ。三丁目の大鳥居。冬の寒い日でさ、自分、友達ん家でゲームやってたんだわ。

 なんだっけかな。ああ、バンオブの一番最初の奴。あ、わかんねえか。長谷川ってゲームやらんのだっけか」

 ――すみませんやらないんです、と長谷川はなぜか謝る。

「そっか、ネク枠の中では結構売れたんだがな。ブレーンアクティビティっていうチェコの会社のゲームで――」

 話が大きく逸れそうだったのを見て取った亮月が――土師さん、と呼びかける。土師も気づいたらしく謝って話を戻す。

「――で、帰り道だよ。ちょっと帰りが遅くなったから、急いで帰らなきゃいけなくて。

 ほら、冬だろ? 日が完全に暮れててさ。俺もあまり鳥居の前なんか通りたくなかったんだわ。あの辺って」

 ――怖いじゃんか、と二人に同意を求める。

 確かに、夜道にあの森の入り口にある鳥居の前を通るのは勇気がいるかもしれないと長谷川は思った。街灯も全く無い、とまではいわないが、かなり少なかった印象がある。

「でも、急いでたからさ、通ることにしたわけよ。そうだな、友達ん家から十分ぐらい歩いた頃かな。でっかい鳥居が見えてきてさ。あの鳥居、夜中だと超怖いんだわ。五メートルぐらい離れたところの街灯が、うすーく鳥居を照らしてるけどさ、鳥居の上の方は全然見えねえの。どんだけでかいんだよって」

 土師が手を掲げて高さを表現した。大きさがわからない故の怖さ。長谷川にはなんとなくわかる気がした。昼間でも大きさが際立っている鳥居だ。夜なら全体が見えない分、尚更大きく感じるのだろう。

「で、怖え、とか思って一瞬立ち止まっちゃったんだわ。そしたらさ、鳥居の近くに人がいるのが見えてさ」

「人……。どんな感じの人だったんですか? さっき聞いた話だと大人らしいですけど」

 長谷川の問いに、土師は少し首を傾げる。

「身長からみると、大人だと思うんだけどな。――はっきりとは見てない」

 ――雰囲気的になんとなく学生じゃない感じだったわ。と彼は述べる。

「でも他のことはよくわからないな。暗かったし」

と言って土師は頬杖をつく。

「んで、『珍しいな。参拝かな』と思ってみてたんだ」

「立ち止まって見てたんですか。怖かったのに」

「だって、歩いたら鳥居の方に向かうだろ。鳥居の方ってことは、その人のほうに向かうわけだわな。そっちのほうが怖えわ。あたり誰もいねえんだぞ」

 ――それはそうか。長谷川は納得する。

「そしたら、カチカチって音が聞こえはじめたんだわ。なんだろって思ったら、なんか霧が出てきてさ」

 ――霧。ついに怪談がかってきた。

「鳥居のあたりなんか、すっぽり霧に覆われちゃって。

 ほとんど見えなくなってさ。人影ぐらいは見えるんだけど、そんだけ。んで、怖くなって引き返そうとおもったら」

 ――人影が消えた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ