2 部室、去りし古を語り、釣れる禍神(7)
「神隠し。知ってるよな。人、消えんの」
――神隠し。あまりに時代錯誤な単語の登場に、長谷川は眉をひそめる。
「ぼくは観たことはないけど、そういう話はあったらしいね。大昔に」
それを聞くなり、亮月は顔を明るくする。
「あ、やっぱり長谷川も知ってんだ、そういう話。大昔っていつごろ? 十年ぐらい前か?」
「江戸時代とか」
――江戸時代! 亮月は大げさに言って上半身をそらす。
「ちょんまげじゃん! 違うよ違う。そんな昔じゃないよ。最近! てか昨日」
「昨日! それは」
――すごいね。
長谷川は棒読みの調子で相槌を打つ。
「すっげえんだよ! 人が消えるんだ。目の前でスーッと。さっきまでゼッタイいたのにだよ? いきなりいなくなるんだぜ。さすがに私も驚いちゃってさ。SFみたいだろ」
亮月は徐々にボルテージが上がってくる。
それに反比例して長谷川は自分のボルテージの下降を感じている。
今二人の間に電流を流せば、いい感じにエネルギーが得られるに違いない。
「へえ、どこだっけ、三丁目? 山田町じゃないんだ」
「山田町のはただの誘拐だろ。犯人捕まってたじゃん。三丁目だよ、この町の」
そう言って亮月は、ひょいと机から降りる。
「バス通りの前にさ。神社あるじゃん。神社」
そう言いながら、彼女は部室の窓を開けて町の方を指し示す。
「ほら、あそこの神社にさ。でっかい鳥居あるじゃん。あの前でいなくなるんだ」
――まさにSFみたいだろ。と亮月は言うが、SFというよりも怪談話に近くなってきた。
「三丁目」と言われても、この町の住民ではない長谷川にはいまいちピンと来なかったが、でっかい鳥居と聞いてやっと場所が理解できた。確か、学校から三百メートルぐらい離れたところにそのようなものが立っていたはずだ。鳥居の奥は鬱蒼とした森になっているから、神隠しにはぴったりの雰囲気である。
――ということは、亮月の指し示している方角とは逆になるが、面倒なので長谷川は指摘しない。
「で、誰が消えたの? この学校の誰かとかその友達なんでしょ?」
怪談だったら、このあたりが消失候補の相場だろう、と長谷川は考えた。
だが、案に反して亮月は首を横に振る。
「違うよ。違う。ぜんぜん知らない人」
「知らない人?」
――それじゃあ、怪談にならない。
亮月は窓を閉めて、さっきまで座ってたところ――つまり机に腰掛ける。
「なんかね。大人が消えるんだよ。名前は知らないけどさ」
――そういう話みたい。と言って亮月は足をブラブラさせる。
「そういう話みたいってことは、亮月は見てないの」
「え? あ、見てない見てない。これ聞いた話ね。言わなかったっけ」
――言われたような、言われてなかったような。
長谷川は少し考えたが、そのこと自体はどうでもいいということに気付いた。
「見てないってことはさ、ただの噂なんでしょ、やっぱり。よくある話じゃん。ぼくも小学校の頃なんかよく聞いたしね。まさか高校になってまで、こんな話が出るとは思わなかったけど」
「そう思うよな」
亮月はしてやったりの顔で机から降りると、片手を腰に当ててポーズをとるように立った。
「でも、私もダテに十何年生きてないわけだよ。今日はその筋の専門家を――」
そこまでいうと、
――あっ
と驚いたような声を上げて、部室のドアに向かって走り出した。
そしてドアの向こうに――ごめん、と声をかけて、そこにいた人物を招き入れる。たっぷり十分ほどは待たされたであろう彼は、ゆっくりとドアの方へ足を進める。
そして、
「じゃーん」
と自分で言って、普通にのっそりと入室した。