2 部室、去りし古を語り、釣れる禍神(6)
三人目の部員が部室に姿を現したのは、その後、長谷川が無為の時間をたっぷり二十分ほど過ごした頃のことだった。
入ってくるなり、その部員――新谷亮月はドアのところで部室を一望し、
「あれ? 有坂さんは?」
と長谷川に問う。長谷川がそれに応じるより早く、
「後ろ」
という声が、問いに答える。
その声に反応して亮月が後ろを振り向く。長谷川からは見えないがそこには有坂がいたらしく、亮月は歯を見せる。
「良かった。ちょうどそろった」
亮月はそう言いながら、声の主――有坂を部屋に迎え入れる。
有坂はそのまま部室の奥の、窓を背にした席に座り、本を開いた。
亮月はそれを気に留めずに話を始める。
「すげえニュース入ったよ。『三丁目の神隠し』っての。あ、ひょっとしてもう知ってたりするのかな?」
――知らない。長谷川は簡潔にそう答える。
それを聞くと、亮月は一つ頷いて部室の奥に目をやる。
その視線に気づいているのか気づいていないのか、有坂はリラックスした体勢で本を読み続けている。あの渋い装丁を見ると、また中国の古典とかそういう類の本なのだろう。
有坂はふと目を上げてこちら側を見て、ちょっとだけ笑みを浮かべる。そして、
「知らない」
と、それだけ言うと、読書を再開した。
「興味ないってさ」
長谷川は亮月にそう伝えると、亮月は「う」の字に口を尖らせる。
「興味ないのはさ。この事件のことを知らないからだよ。あ、でもこれって事件なのかな? ――いや、でもほんとなら事件だよな。うん、重大事件ということにしとこ」
のっけから怪しすぎる。長谷川は思わず――どんな話なの、と訊いてしまう。
「お、よくぞ聞いてくれました」
亮月は大仰に胸を張る。――しまった。
「やっぱり今のなし」
「なし、って何が?」
「だから、いま亮月に訊いたこと」
「聞いた? 聞いたって、まだ何も話してないじゃん。あ、目が合っただけで通じちゃったとか? すげえ」
「そんな情報伝達技術、まだ開発されてないよ。そうじゃなくて、『訊いたことを』だよ。――えっとどういえばいいんだろ。訊いたという――その行為? ――自体を取り消し」
亮月はきょとんとした顔をする。そして、何やら考え込むような仕草をした。
「つまりそれってどういうこと。私の――話を――」
「聞きたくない」
「ひでえ」
ぷす、と本の裏から有坂が息を噴き出すのが聞こえた。
――そうは言ってもさ、と亮月は言う。
「聞いてくれるんだろ?」
そして、亮月は机に腰をかけて、
「優しいからなあ、長谷川君は」
と見え見えのお世辞をいう。トークモードに入ったらしい。
やれやれと長谷川は思いながらも、だらりと曲げていた背を少し伸ばす。
――いつものことだ。
ふと、有坂に目をやるが、こちらもいつもどおりだった。
――さあ来るなら来い。
覚悟を決めて顔を戻すと、亮月はなぜか部室のドアを見ていた。そうして、
「ま、いっか」
とつぶやくと、長谷川の方に向き直る。ドアの外に何かあるのだろうか。
亮月は、いいよねともう一度独り言のように言って、すっと机に手の平をつけた。