2 部室、去りし古を語り、釣れる禍神(4)
どうやらこれまでの長い話は、有坂流のキッカケ作りだったらしい。死ぬほどの暇に飽いていた長谷川としても吝かではない。
長谷川は昨日、自分の家でシリアルを食べてから樫森家の巨大な敷地で解散するまでの経緯を有坂に語った。
有坂はなにやら興味深げにその話を聞く。そして話が終わると
「それって、ナビト?」
と長谷川に問う。――ナビト?
「え、わからないです。なんですかそれ」
「あ、ちょっと待って。ええっと、図書室にあったかな……。そうだ、長谷川君。パソコンあげて」
――パソコン? そんな現代的な機械がこの部室に有っただろうか。
ぽかんとしている様子を見た有坂は、長谷川の座っている机まで歩みより、手を長谷川の肩に置く。
――どいて欲しいということらしい。長谷川は椅子を引く。
そうしておいて有坂は机の中に手を入れて、なにやら四角く黒い物体を取り出す。
――ノートパソコンだ。
何か訊こうとする隙もなく有坂は無造作にノートパソコンを開く。
パソコンが起動したのを確認して有坂は長谷川に場所を譲り、
「ナビト族」
とつぶやく。代わりに検索しろ、ということらしい。
「インターネットつながるんですか?」
長谷川はそう疑問を呈するが、有坂はこともなげに――つながるよ。と言う。無線通信の環境でも有るのだろうか。
有坂はパソコンの電源ケーブルを持って、コンセントの差込口へ足を進める。
「昔、昔って弥生時代ね。中国でいうと前漢・後漢の時代の頃。この辺は『ナビト』と呼ばれた勢力が巣食って……巣食ってって言い方も変かな」
そういって有坂は、コンセントを挿すためにしゃがみ込み――まあこの辺りを押さえていたらしいよ、と話を続けた。
この辺りというのは、今長谷川達のいる名連町の辺りということだろう。
「初耳です」
コンセントを挿し終えた有坂は――あまり有名じゃないからね、と言って長谷川のほうに戻ってくる。
「で、そのナビト族ってのは――あ、ここに書いてあるね――中央勢力ヤマト王権の原型となるような勢力に滅ぼされちゃったんだって」
有坂の指し示すディスプレイを見ると、確かにそのようなことが書いてあった。
「へぇ、こんな都会部でも、そんな勢力争いがあったんですか? 東北とかの方だけかと思ってました。ほら蝦夷討伐とか、征夷大将軍とか」
「坂上田村麻呂? あれは平安時代だからもっと時代が下るよ。このナビトってのは、その六百年ぐらい前の話かな。その頃って、日本も統一王朝がなかったから、各地の小規模な勢力が林立して争ってたワケ」
何か聞いたことがある気がしたので、長谷川は記憶を探る。
「えーっと何だっけ……ワコク……?」
「倭国大乱。魏書東夷伝――一般には魏志倭人伝って言うけど、それによると二世紀中盤から後半にかけて倭の国では複数の勢力が相争って大いに乱れた。そこで登場するのが、はい、長谷川君」
「――誰? ヤマトタケル?」
「ハズレ。正解は卑弥呼」
「卑弥呼。ああ、なんかそんな話も聞いたことあるような――ないような。で、卑弥呼が治めていた邪馬台国が日本を統一するわけですね」
「邪馬台国が統一したかどうかは、まだわからないらしいけど――まあ、邪馬台国にしろそうでないにしろ、列島の中にあった一つの勢力が大きくなっていって、三世紀から五世紀にかけて、日本を統一していったというのは確かじゃないかな。ここで、いきなり外部の大勢力が絡んでくるってのも考えづらいしね」