2 部室、去りし古を語り、釣れる禍神(3)
思考を終えて、長谷川は一度伸びをする。
――暇は、暇だった。
窓の外に視線を投じる。春の名に恥じない良い天気だ。
ふと有坂と目が合った。
「ヒマですねー」
折角なので会話を試みる。
有坂は少し本を下げると、――そう? と疑問系で返す。
「暇でもいいじゃない。今日はなんかノンビリしてて、良い感じの気候だしね」
「良い天気だから、逆に勿体無く感じるんですよ。このまま時間を無為に費やして良いのかなって」
有坂はそれを聞いて、少し首をかしげる。
「そういうものかな」
そう言うと彼女は本を持ち直して視線を落とす。
――早くも会話が終わってしまった。
長谷川はもう一度伸びをして天井を見つめる。
しばらく見ていると、天井の染みが幾つかの種類にわけられることがわかった。
小さく円状にポツリポツリと点在しているもの。
水の流れのように広範囲に拡散しているもの。
そして電灯を中心に黒ずんでいるもの――これは染みなのだろうか。
――とにもかくにも暇である。
窓の外からは、野球部だろうか、運動系の部活が溌剌と活動している声が聞こえる。隣の部屋は何部だっただろうか、時たま大きな笑い声が壁を伝わりこちらまで届く。
一方、この部屋はと言えば――ほとんど無音である。
音といえば、長谷川が座りなおしたときにする椅子の軋む音、そして有坂が本をめくる音ぐらいのものだ。
――ぼくも本でも持ってくるか、長谷川が思っていると、ふと有坂が顔を上げた。
「ギター」
――はい? 長谷川は間抜けな声を上げる。
「長谷川君はさ、アコースティックギターの真ん中に何が有るのか知ってる?」
謎かけだろうか。長谷川はギターの姿を思い起こす。
――それは
「弦ですか?」
有坂はすぐに解答を出す。
「穴」
「穴?」
「ギターって、真ん中に穴が開いてるじゃない? なんで開いてるのかな?」
また謎かけである。
「それは――音を反響させて増幅させるためだったと思いますけど」
「そう」
そう言うと、有坂は目を下に戻して、ページを1枚めくる。
長谷川はぽかんと口を開けたまま、だらしなく有坂を見る。
何か話があるのだろうと思ったが、有坂は本に目を移したまま、口を開かない。
そうして、一分ほど過ぎた。
焦れた長谷川が改めて有坂に問おうとするのとほぼ同時に、彼女の目が本から長谷川へと戻った。
「人も同じ」
有坂は言う。
「それはどういう」
――ことですか、と言い切る前に有坂が話を続ける。
「ギターの真ん中に穴が開いてるからと言って、いろいろと詰め込もうとする人はいない。――敢えて音の反響を防ぐときなんかは、穴にカバーとかもするらしいけどね。何かを詰め込もうとする人はいない。それは良い音がでなくなるから」
――それは
「僕が暇なのと、どんな関係が有るんですか」
そう言うと、どういう意味か有坂は頷く。
「『何もない』ってことが、大きな可能性を伴っていることがこの世の中にはあるんだね。――私もそうだけど、人って何か暇な時間ができると、すぐ予定を積め込みたがるじゃない?」
有坂は喋りながらページをめくる。
「――その悪癖が人の可能性を潰してしまうことってあるんじゃないかな」
長谷川は考える。
「この一見無駄な時間は、大きな潮流がくる前触れかもしれないってことですか?」
「昔の太公望って人は、川の淵でダラダラしてただけで、大国の参謀に抜擢されたそうだよ」
――もっとも、と有坂はつなぐ。
「長谷川君の場合は無駄かもしれないけど」
有坂がニコッと無邪気に笑う。
長谷川はそれを聞いて肩を落とす。
「結局僕の時間って、名目も実態も寸分違わず無駄なんですかね」
「少なくても、ものすごく暇なときに『これはひょっとすると、有意義な時間かもしれない』と楽観的に考えてた方が楽しいのは確かだと思うな。――無駄とか有意義とか悩んだり考えたりするよりも、時間をあるがままに受け入れて、その瞬間を楽しめれば一番良いんだろうけどね。
――ま、そんなことより」
――長谷川君、そんな暇なら昨日の話でもしてよ。彼女はそう言った。